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2004年01月 アーカイブ

2004年01月06日

寿限無

【吉村外喜雄のなんだかんだ 】
~ことば遊び~
「寿限無」

新年会シーズンです。私の二十代のころは、かくし芸全盛時代。宴会ともなると、手品やドジョウすくいなど、一芸に秀でた芸人が必ずいて、宴会を盛り上げたものです。
私がその頃覚えたかくし芸に、落語の「寿限無」がある。人前で披露する機会がなく、 ほとんど忘れてしまったが、あの長い名前だけは覚えていて、今でも早口で言うことができる。

なんと最近、その「寿限無」が幼稚園児の間で大流行していて、ジュゲム・ジュゲムと言葉遊びするちびっ子が、 続出しているというのです。事の起こりは、「寿限無」がNHK教育TVの子供番組に取り上げられたことから、 幼稚園児に火がついたのです。意味がわからなくても、子供達にはこのリズムとゴロが大受けして、 暗唱して遊んでいるといいます。
もう一つ火付け役をしたのは、「寿限無」を面白く絵本にした出版社。アッという
間に30万部売れた。児童向けの絵本では、過去前例のない大ブレーク!
ベストセラーになりました。

では、日本一長~くめでたい名前「寿限無」とは、どんな名前でしょうか? 
正しく言えるでしょうか? そこで、初孫誕生を祝って、改めて紹介したいと思います。興味のある方は、 この機会にご家族で暗唱してはいかがでしょうか。

寿限無、寿限無、五劫のすりきれ…

寿限無
 寿(よわい)限りない、いつまでも長生きできるように。めでたい!
五 劫
  3千年に一度天女が天下って舞いを舞う。それを繰り返すうちに衣がスリ切れてしまう。 そんな長さを1劫という。5劫というから、終りのない長い年月。めでたい!


海砂利水魚の水行末、雲来末、 風来末…

海砂利水魚
 海の中の砂利も、魚も、いくら数えても数えつくせるものではない。めでたい!
水行末、雲来末、風来末
 
水の行く末、雲の行く末、風の行く末、何れも果てしがなく、めでたい!


食う寝るところに住むところ…
  衣食住に不自由しない。めでたい!


やぶら小路ぶら小路…
 ”やぶこうじ”という木がある。春は若葉、夏は花咲き、秋実を結び、冬は赤く染まり、 露を防ぐめでたい木。


パイポパイポ、 パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの…
 昔、パイポという国に、シューリンガンという王様と、グーリンダイという王妃の間に生まれた、 ポンポコピーとポンポコナーという二人のお姫様がいて、この二人は生涯幸せで長生きした。めでたい!


長久命の長助。
  (最後にもう一つ加えて)親を長く助ける。これもめでたい!

このめでたい名前を、全部我が子の名前にくっつけてしまったために、騒動が起きるお話です。

2004年01月09日

感情を表に出さない日本人

■白山神社

正月、お天気が良かったこともあって、久しぶりに白山ひめ神社へ初詣に行きました。
金沢から車で三十分、鶴来町の白山神社が、全国各地にある「白山神社」の
本宮”であること。そして、 沖縄を除く四十六都道府県すべてに白山神社がある
ことを、1月1日の北国新聞で知りました。

岐阜県の414社をトップに、福井には341社、地元石川には276社もあるそうです。
これは驚きです。愛知県200社、新潟県196社と続き、全国に何と2,716社も
あるのです。これがもし会社だったら、すごい組織ですよね…

【吉村外喜雄のなんだかんだ 第13号】
~日本人のアイデンティティー~
「感情を表に出さない日本人」

謙遜・謙虚」 は日本人の美徳とされます。昨年の大相撲夏場所で、モンゴル出身の横綱”朝青龍”が、同じモンゴルの”旭鷲山” に負けた時にとった態度が、横綱の品位に欠けると、協会から厳重注意されたことは記憶に新しいですね。
モンゴル人には、戦意を掻き立てて戦っている最中に、高揚した「闘争心を抑えろ」と言われるのは、 納得できないことだろうと思うのです。

日本古来から伝わるスポーツや勝負ごとは、「喜怒哀楽」を人前で表さないのが、日本人の美徳であり、 礼儀とされてきました。囲碁の最高位を競って優勝した棋士が、敗れた相手を気遣って、喜びをかみ殺して平静を装います。
しかし、日本古来の武道も、国際化の度合いによつて、喜びや悲しみの出方が違ってきます。柔道の勝者は勝てば全身で喜び、 負ければ人前もはばからず悔し涙を流す。一方の剣道は、勝っても負けても選手は無表情を装い、礼儀正しいのです。

オリンピック予選でのバレーボール選手やプロゴルファーなど、外国から日本に入ってきたスポーツは、 プレー中に喜怒哀楽を全身で表すことはしょっちゅう。
見ている私達にまで伝わってきて、すがすがしいですね。

話が変わるが、昔から日本の男は「無駄口を叩かない」ことを美徳としてきました。 おしゃべりな男は、軽く見られたのです。
私の父の商いは、戦後良いときも悪い時もありました。人並みに株に手を出して大損したこともあったのです。そんな時、 顔色一つ変えず、愚痴もこぼさない、喜怒哀楽を表に出さない。父親の世代はおお方そうでした。 三船敏郎や東海林太郎の顔が浮かんできます。

同じ商店街の社長さんがやって来て、「近頃、商いはどうやいね…」と尋ねられると、父は 「お陰さまで…」 としか言いませんでした。
ある時、どうして「お陰さまで…」しか言わないのかと、聞いてみました。そうしたら、「儲からないと歎いたり、 愚痴を言って、儲けさせてくれるなら、なんぼでも言おう。言って得することが一つもないから言わない」。なるほど…。

誰が見ても儲かっているのに、謙遜して儲かっていない振りをしたり、儲かっていないのに、 儲かった振りをするのも心ぐるしい。問い掛けに「お陰さまで…」と応えるのが一番いいように思いました。

2004年01月13日

女性は占い好き

■お宮参り

毎年元日は、家族そろって石浦神社へ初詣をするのが我が家の慣わしです。
今年は、妻と二人だけの水入らずのお参りとなりました。昨年までのことを思うと、静かで、ちょっぴり寂しい初詣になりました。

昨年までの私の家族は、お参りの後おみくじを引いて、ああだこうだと見せ合うのを楽しみにしていました。私だけが、 何故かおみくじには興味がないのです。
帰りがけに、鳥居に立てかけてある看板を何気なく見ると、巳年の私は、今年厄年とありました。何となく気になります。 お払いでもしてもらおうかなと思ったりもして、妻に言うと、妻の方は今年最も運気の良い年なのだそうです。

占いごとが好きではないと言いながら、やっぱり気になる私です。

【心と体の健康情報 - 128】
~男の言い分、女の言い分~
「女性は占い好き」

ノエビアでは、毎年春と秋の二回、全国の優績代理店が一堂に集います。昨年の秋は、 ディズニーランドに隣接する東京ベイNKホールで、豪華な式典が催されました。
ある年、コンベンション会場の一角に、カジノと占いコーナーが設置されたことがあります。占い師のテーブルの前は長蛇の列。 並んだのはすべて女性。女性の占い好きには驚かされました。「あんたはどうだった…」と、にぎやかなことこの上ない。
一方、ルーレットなどが置かれたカジノコーナーは、大方男性が群がっていた。

星座占いは、毎朝テレビで放映しているし、女性雑誌にも欠かせない内容です。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」。 私の娘も、朝占いを見ることから一日が始まるようです。

私は昔から、占いはあまり好きな方ではありません。あれこれ未来を予測されたり、断定されるのが好きではないし、 言われれば気になります。だから、聞かない方がいいと思っています。
テレビの画面から星占いが聞こえてくると、チャンネルを変えてしまうくらいです。

男女を問わず関心があるものに、姓名判断がありますね。字画が吉凶にからんでくるといいます。
私の周りにも、字画を見てもらい、名前を変えた人が沢山います。
この三日に、長男夫婦に女の子が誕生しました。初孫です。名前をあれこれ考えているようですが、 良い名前を考えるのに字画は大切なようです。

私の名前は「外喜雄」。名前の通り内に篭っているより、外で飛び回っている方が性に合っています。
人に見てもらって、字画が悪いと言われれば気になります。
今のところ、私は親からもらった名前を、八卦で変える気はないので、「寄らざる・見ざる・聞かざる」を貫き、 何も知らないことが一番と思っています。

そのくせ、入院療養していたとき、「手相学」を読みかじり、趣味に加えていた時期もある。社会復帰した後、 スナックで女の子の手相を見たりして、いい気になっていたものです。 自分勝手もいいところですよね。

女性は、人に対する興味が男性の何倍も強い。だから、自分や他人ごとが気になって仕方がないのでしょう。 「周りからどう見られているか?」「人がどう思うか?」、いつも気になります。だから「噂話し」も好きである。 それが女性の占い好きに、つながっていくのでしょう。
私が「手相をみてやろうか」と言えば、「私のも見てぇ~」と集まってきて、我先にと手を差し出してきます。 自分には無理と思いながら、幸せの王子様が白い馬に乗ってやってくることを夢見て…

2004年01月16日

家庭から和食が消えていく

■「能楽」

金沢の伝統文化で忘れてはならないものの一つに「能楽」があります。能楽には幾つかの流派があります。東京や群馬県には「観世流」 があり、金沢には「加賀宝生流」。
前田利家は大変な能好きで、稽古は三日に一度という熱の入れようだったといいます。当然、次男利政、四男利常にも受け継がれ、 加賀藩に能が栄える源となりました。
徳川五代将軍”綱吉”が「宝生流」をひいきにしたことから、加賀藩でも盛んになり、その後の藩主が宝生流を手厚く保護したことから、 主流となって栄えたといわれています。

私は二十五歳の頃、宝生流の佐野先生から直接謡いの手ほどきを受けましたが、謡い本二十冊くらいまで進んだところで止めてしまった。 今にして思えば、悔やまれます。
身近に能・狂言が鑑賞できる加賀宝生流のお膝元金沢に住んでいますので、折があれば鑑賞するようにしたいものです。

【吉村外喜雄のなんだかんだ 第14号】
~日本人のアイデンティティ~
「家庭から和食が消えていく」

日本ほどバラエティ豊かに、いろんな国の食事を楽しめる国はない。朝はパンに牛乳、 昼はマクドナルドやピザをほおばり、夜は中華、イタリアン、韓国料理、なんでもござれである。金沢市内には、インド料理、 ベトナム料理、タイ料理、メキシコ料理など、国際色豊かにいろんな国の店がある。

中国人の家庭は、朝・昼・晩中国料理である。タイ人の家庭も、家ではタイ料理が食卓に乗る。 韓国人は韓国料理を食べている。ところが、日本の家庭の食卓は、カレーライスにハンバーグ、スパケッティに野菜サラダ。 もちろん、刺身や味噌汁も食卓に乗るが、問題なのは、 日本人なのに古くから伝わる日本料理の作り方を知らない奥様が多いことです。

私の妻の手料理十八番は春巻き。カレーライスもハンバーグもプロ並みの腕前で美味い。ところが、 いつも出てくる味噌汁はメッタ汁のよう。季節の旬を引き出す味づくりが苦手のようです。

昔は、味噌や沢庵は自分の家で漬けるのが当たり前。春祭りや秋祭りには、お重にご馳走を詰めて、 親戚に配ったものです。今は、お正月のおせち料理も、デパートの出きあいで間に合わせる時代。

今の若いお母さんのほとんどが、和食料理が苦手なようです。核家族化が災い
して、お婆ちゃんや母親から、日本料理を教わっていないからでしょう。
日本料理は、時間と手間をかけないと作れないものが多い。あわただしく台所に立って、 食事の支度をしなければならない共働き主婦にとって、日本料理が敬遠されるのは、仕方のないことです。
日本料理を食べようと思ったら、寿司屋や温泉旅館、近所の割烹へ出かけていかなければならないのです。

食事の例にもあるように、近年、日本人が国際社会の中に入ったとき、「日本人にはアイデンティティーがない」と、 よく言われるそうです。
日本人が日本料理を苦手にするだけでなく、代々親から子へと受け継がれてきた日本古来の庶民文化が軽んじられ、 忘れ去られようとしている。

金沢には、伝統文化「加賀宝生流」がある。そのため謡曲が盛んで、つい最近まで結婚式で「謡い」 が唄われることが普通だった。近頃、謡曲に関心がある人がどれだけいるだろうか。
日本人にしかない文化、”わび・さび”など、古くから受け継がれてきたアイデンティティーを、 もっと大切にしなければならないと思うのです…。

2004年01月20日

女は蝶になれ

一昨日の日曜日、今年初めてのスキーを楽しみました。
真っ青な空、キラキラとプチダイヤを散りばめたように輝く雪原。
雪を頂いた山々を遠望しながら、リフトに乗る気分は最高。
頬を伝う冷たい空気がうまい!。
カタ・カタ・カタと滑車の下を揺られて通るとき、今年もまたスキーが楽しめることに、このうえない幸せを感じます。

私が本格的にスキーを趣味に加えたのは、56歳の時からです。前年上越のアライへ春スキーに行って左足骨折とアキレス腱断裂。 入院するはめに…。
普通なら、スキーを止めてしまうのでしょうが、ならば、上手くなってやろうと、まだ治りきっていない11月にスキー同好会に入会。 完治したのは翌年の一月ごろ。二月には八方で、同好会の皆さんのお尻にくっついて滑った。

お陰で蔵王、志賀高原、ニセコなど、毎年遠出を楽しんでいる。冬が来て、雪が降るのが心待ちの私です。

【心と体の健康情報 - 129】
~男の言い分、女の言い分~
「女は蝶になれ」

男は女を愛した時から冷め始め、女は男に愛されたときから燃え上がる」。
男女の心の変化を言葉にしたものです。つい先日、北国新聞に連載中の”丹羽俊夫・教育一本勝負”に、 私が言いたかったことが、わかりやすく書かれていました。

男は好きな女を手にいれたいと思う」。 これは男性の本能である。しかし一方で、 「直ぐモノにできる女性には魅力を感じない」。 これが男の(さが)である。
男は子供と思え、 女はチョウチョと思え」。好きな男から体を求められ、戸惑
っている娘さんがいれば、贈りたい言葉です。男は少年のようなものです。

少年は、きれいなチョウチョを見つけたら、タモを持って追いかける。すると、チョウチョは逃げる。 絶対手の届かないところへ飛んでいってしまえば、少年はあきらめて別のチョウチョを探すだろう。

ところが、チョウチョが捕まえられそうで捕まえられない。今にも手のとどきそうなところを飛んでいると、 少年は夢中になって追いかけ、夕飯になっても帰ってこない。
チョウチョを捕まえたら、飽きっぽい少年は、そのチョウチョを虫かごに入れ、また次のチョウチョを探し始めるだろう。 虫かごの中のチョウチョは、自由を奪われたままである。

捕まえられそうで捕まえられない。捕まえる方も捕まえられる方も楽しい。
これが男と女の触れあい心理といえます。
では、結婚とは何か? 昔は寝る時に蚊帳を吊ったものだが、いい結婚とは大きな大きな蚊帳の中に、チョウチョと少年が仲良くしているようなものだ。
少年は蚊帳の中を自由に飛び回るチョウチョを、無理やり捕まえたりはしない。

魅力的で美しい娘さん、虫かごに捕らわれるチョウチョにならないように…
標本にされてしまったらどうするの…。

2004年01月23日

よろず宗教が共存する日本

■七福神

七福神とは、「大黒天」「恵比寿」「毘沙門天」「弁財天」「福禄寿」「寿老人」「布袋和尚」の七柱の福徳の神であることは、 皆様もよくご存知です。

ところがその由来となると、以外と知られていないのです。
この信仰は、室町時代の末期、日本に生まれ、農民、漁民の間の庶民信仰として、現代に受け継がれてきたものです。
当時の仏教に、中国の道教などが交じり合って出来た宗教なのです。

七福神は、夢まくらに宝船に乗って現れると、福が授かると言い伝えられ、初夢で見るために、まくらの下に入れることが流行ったそうです。



【吉村外喜雄のなんだかんだ 第15号】
~アイデンティティー~
「よろず宗教が共存する日本」

あらゆる宗教が、ごく普通に生活の中に溶け込んで、共存している国は少ない。
「どんな宗教でも自由に信仰できる日本って、世界に誇っていいことだ」と、”永 六輔”氏は語っています。

毎年繰り返される年末年始の宗教行事は、日本人の生活慣習の中に溶け込んでいる。信者でもないのに、 ツリーを飾ってクリスマスを祝い、年の暮れには、仏教の除夜の鐘で百八つの煩悩を取り去り、正月元旦には、神社に初詣。 七福神の飾り物を買い、家内安全、無病息災、商売繁盛をお祈りして拍手を打つ。今年は八千万人がお参りしたという。
ところで、お正月にお年玉を配る習慣、これは儒教です。幾つもの宗教が、ごく自然に日本人の生活の中に混在し、 共存している。こんな国は世界広しといえども見あたりません。

私の知人の画家は、ご夫婦共クリスチャンです。しかし、ご先祖から受け継いでいる浄土真宗は大切に守り、 家には仏壇もあるし、お盆に墓参りもする。
親が亡くなったとき、お葬式はキリスト教会と、仏教のお寺さんで、同じ日に続けて二回行っている。個人の信仰と、 ご先祖から受け継いできた家の宗教を、共存させているのです。
あまり例を見ないケースかもしれませんが、違和感をまったく感じさせないのです。
どの家にも、神様と仏様が同居している。そういった土壌文化を受け継ぐ日本人。

イラク、イスラエル、パレスチナ…、人類の歴史は宗教の違いから、どれだけ血を流してきたことか…。
人間社会がどんどん進化した現代においても尚、最も悩ましい問題なのです。
そうした中で日本は、すべての宗教が仲良く共存している平和な国、「和」を貴ぶ国なのです。
「日本は、宗教間の争いごとは皆無。共存しながら平和に暮らしていけるサンプルの国であることを、日本政府は国連の場で、 もっと強く訴えるべきである」と、
”永 六輔”氏は訴えています。

2004年01月27日

百個の美点・長所探し-2

「貫け!まっ正直商法」

   【まっ正直商法】     
   商売や仕事は すべからく正直であるべきだろう
   しかし 正直ではまだ足りない
   正直さをもっと高めたもの まっ正直というくらいでなければならない
   まっ正直とは 正直さ 誠実さがまっ先にくるということだ

   まっ正直商法とは 
   嘘をつかない営業活動と仕事ぶりが 最優先されるということだ
   まっ正直だから迷わない まっ正直だから悩まない
   まっ正直だから いつも崖っぷち

   ウオールマートもセブンイレブンも 大きな店も小さな店も
   すべての商業がまっ正直の怖さにおびえる 
   まっ正直の強さに勇気づけられる
   
   お客の暮らしに貢献し 
   まっ正直だから迷わない まっ正直だから悩まない
   まっ正直だから いつも崖っぷち

(株)商業界 代表取締役 結城義晴

【心と体の健康情報 - 130】
~男の言い分、 女の言い分~
「百個の美点・長所探し(2)」

メルマガNO123号で、妻の美点・ 長所を百個発見し、それに感謝の言葉を添えて、 奥様にプレゼントした社長さんの話をしました。十個や二十個ならいざ知らず、百個となると、 おいそれと書き出せるものではありません。
この社長さんも「百個の美点・長所」を書き上げるのに三ヶ月もかかっています。
その時、私も試してみたのですが、16コしか浮かんできませんでした。

「幸せづくりは、笑顔づくり」の教室を開いている野坂礼子先生が、”ありがとう村”で講演した時に、長所・ 美点100個見つけ出すことの大切さを語っておられます。今日は、そのお話の内容を紹介したいと思います。

どうしたら100個もの長所を見つけることができるのでしょうか? あれこれ 考えても、16個しか出てこなかったのは、 言語と理性に関わる「左脳」でしか考えていないからです。感性に関わる「右脳」を、 働かさなければならないのです。

奥さんの長所を100コ見つけ出す前に、まず自分の良いところを100コ、書き出してみることです。 一つひとつ言語化することで、右脳の奥深くの潜在意識の中に潜み、気づかなかった自分にしかない魅力を、 顕在化させることができるのです。
感性で見つめていくと、体が丈夫、胃も心臓も健康、目も歯も変わりない。病気もしたことがない。笑顔が可愛い、若く見える。 親を大切にするし、子どもへの愛情は誰よりも強い。子どものころに誉められたことをあれこれ思い出し、嘘が言えない自分、 人を裏切れない自分、人に喜んでもらうためなら骨身を惜しまない自分、内面に隠れている自分の良さが、 いろいろ見えきます。

そうして言語化した長所・美点の一つひとつの言葉の後に、「…で、ありがとう」 がくっつきます。そして、その言葉一つひとつに、ヒモをつけておく(言葉にして書き残しておく)ことです。そうしないと、 また潜在意識、右脳の奥深くに沈んでしまい、引き出すことができなくなってしまいます。

余談ですが、私のメルマガの目的の一つは、潜在意識の奥底に仕舞い込まれている過去の様々な記憶を引っ張り出し、 文章にして保管することにあります。
何かあったときにヒモをたぐり寄せれば、自然と潜在意識がよみがえってくる。
感謝の気持ちが湧いてくる。右脳を開発することにもなります。

役に立つ資格など何一つなく、何の取り得もないと思っている自分。しかし、美味しい漬物を漬けることができる自分がいる。 その長所を百万円で譲ってほしいと言われたら…。一度譲ったら、一生美味しい漬物を漬けることができなくなるとしたら…、 三百万円なら譲るだろうか? ご主人に美味しい漬物を食べさせることが、出来なくなってしまうのです。

丈夫で健康な胃を一億円で売ったら、その後の人生、胃弱に悩まなければなら
ないとしたら…。幾らお金を積まれても、譲り渡したりしないだろう。一つひとつを、そのようにして見ていくと、 いっぱい素晴らしい自分や奥さんが見えてくるようになる。
気づいたら、「美点・長所」を探しているのではなく、「ありがとう探し」をしている。 「ありがとう探し」をしていくうちに、自分や奥さん、子ども達、そしてすべてに感謝するようになり、 今まで見えなかった沢山の「幸せ」が見えてくるようになる。
そして、人生が、生き方が、モノの見方・考え方が、前向き・肯定的になっていくのがわかります。

2004年01月30日

靖国神社参拝

■靖国神社

私が中学生のとき、肩かけカバンを下げて、香林坊から兼六園の園内を突きぬけ、護国神社の境内を通って、学校と自宅を毎日往復した。 護国神社の境内を歩くと、おごそかな気分になり、心が引き締まる。しかし、ふだんは詣でる人もなく、ひっそりとしている。
白山ひめ神社を知らなかったように、靖国神社についても何も知らない私です。
そこで、ホームページで調べてみました。

靖国神社
明治二年、明治天皇のおぼし召しにより、徳川幕府から明治の新時代に生まれ変わるとき、内戦で斃れた人たちを祀るために創建された。
戊辰戦争、日清、日露、大東亜戦争など、明治、大正、昭和、日本のために命を捧げた人たち、247万柱が祀れている。

【吉村外喜雄のなんだかんだ 第16号】
~日本人のアイデンティティー~ 
「靖国神社参拝」

日本の首相が靖国神社を参拝するたびに、なぜ大騒ぎするのだろうか。今年の正月元旦、 小泉首相は就任して四度目の靖国神社参拝をした。それに対して中国と韓国は、いつもながら強く抗議の反発をしている。 野党も、政府を批判し、「国益を害う行為」と攻撃している。

日本はあらゆる宗教が、ごく普通に生活の中に溶け込み、共存している国です。靖国神社は、 戦犯だけが祭られているのではなく、戦争で国のために命を捧げた人たちが、地位や身分や宗教に関係なく、 等しく祭られている神社です。

どんな悪人であっても、死者に対しては平等に弔うのが、日本の伝統的文化、習俗です。歴代の首相がお参りするのは、 国家の元首として、純粋に国に命を捧げた先人たちの霊に、こうべを垂れるためであろうと思うのです。

国の命でイラクへ赴いた自衛官が、不幸にして戦いに巻きこまれたとき、「だから言わんこっちゃない」と、 政府を非難するだけでいいのでしょうか? 
過去の時代背景がどうであれ、国のために一命を捧げて、祀られている人たちです。そういった人たちに哀悼の意を示さず、 憲法を盾に否定し、無視するのは、日本人として悲しいことです。

私達が毎年、宗教的意味合いなど意識せず、清らかな心で、新年には神社をお参りし、お盆には墓参りをする。
そのような気持ちで、靖国神社をお参りしてもいいのではないでしようか…。
神社に参拝するのは、一般の宗教的信仰とは趣を違にする、「日本人の心」に根付いた、 日本人のアイデンティティそのもののように思うのです。

「一国の首相が、戦没者を追悼するために、いつどんな形で参拝するかといった問題は、本来、 その国の伝統や慣習に基づく国内問題であり、他国からとやかく言われる筋合いではない」と、 読売新聞は社説で近隣諸国の言動を批判している。
野党は、首相が戦争犯罪人の霊を弔うために参拝している、と批判している。しかし、 政府の足を引っ張るための政争の具としているのなら、そういった行為こそ国益を害うことになります。

読売新聞によると、戦後歴代の首相が靖国神社を参拝をしていたが、外交問題に発展することはなかった。ところが、 1985年中曽根首相の時になつて初めて、外交問題になったとのことです。
聞くところによると、当時の某野党が政争の具にするため、中国政府に情報を流し、言わしめたと言われている。 日本の内政問題に干渉する口実を、外国に与えるような行為こそ慎むべきでしょう。

どこの国でも、外国から主賓クラスが訪れたとき、真っ先にその国の戦没者慰霊碑に詣でるのが慣わしです。
日本の首相が、諸外国の顔色を伺いながら参拝しているのもおかしいし、 戦没者に哀悼の意を示そうとしない政治家がいることも、憂うることです。

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