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価値観が異なる若者たち

■「一生の仕事を支える、下積みの力」  宮大工・匠 菊池恭一

下積みの経験は、生涯をかけて仕事に打ち込むための、重要な部分を為す。
下積の期間があってこそ、生涯をかけた仕事を成し得ることができる。
下積みを経験することで、挫折しそうになった時に、押し留まることが出来るし、忍耐強く立ち上がる生命力にもなる。

何を為すにも、その根底には人と人との心の触れ合いがある。
大工一人の力では、何も出来ない。
みんなの気持ちを一つにして、初めて為しえる仕事です。
モノ言わずしてアウンの呼吸で、人の心を推し量ることが出来るようでなければ、人の上には立てない。
下積みを経験してこそ、相手を思いやる心が身にくのです。

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」から



【心と体の健康情報 - 310】
~子育て心理学~
「価値観が異なる若者たち」

シチゴサン(7・5・3)という言葉がある。
新入社員が会社を辞めていく比率のことを言う。
10人採用したら、1年目に3人辞め、3年目に半分になり、5年目には7人辞めて、3人しか残らないという。
聞くと、どの会社もそのようだと言う…。
人事担当の嘆きが聞こえてくるようです。

辞める理由は、「自分がやりたい仕事をさせてもらえない」「生きがいのある部門に配属されなかった」「仕事が辛い、楽しめない」 というのが多い。
ならば「この会社で将来どうなりたいのか?」と尋ねたら、答えが返ってこない。
今の自分しか見えていないし、今しか考えていないようです。

私たちの若い頃…。
上司が「頑張れ!頑張っていれば、いつか人に認められ、立派な人間になれる!」とハッパを掛けられ、言われるままに頑張ってきた。
今どきの若者は、そんな励まし方をしても、全然その気にはなってくれない。
将来どうなるか分らないのに、何で頑張らなければならないのか?…ピンとこないのです。
「今、何をどこまでやると、一年後に○○の資格が取れ、給与が△△円アップする。そのために頑張ってほしい…」というふうに、 やったことが自分にどうプラスし、意味があるかを具体的に示してやらないと、頑張る気にはならないのです。

私の父親の世代は、社会に出たらまず丁稚奉公(でっちぼうこう)。
掃除とかお使いなど、雑務や下働きに明け暮れる毎日。
なかなか仕事を教えてもらえない。
理由も何もない、一定期間下積みを経験しないと、何一つ教えてもらえない。
そんな商習慣の時代だったのです。
香林坊に「お多福」という、金沢では名の知れたうどん屋さんがある。
奉公人は将来暖簾分けしてもらうことを夢見て、日々出前持ちに励むが、当時、最低十年は奉公しないと、暖簾を分けてもらえなかった。

同じことが当時の家電販売店でも、小松の大手家電系列の電器店に勤めていた店員さん。
勤めて5~6年で独立しようとした。
店主から「もう数年我慢しろ。今辞めたら暖簾はやらない!」とつっぱねられ、喧嘩別れのように店を飛び出した。
メーカーは、小松地区の系列店の皆さんの言い分に押されて、開業を認めなかった。
今の時代、そんなやり方は通用しない。
ようやく現場を任せることができるようになり、これからという時辞めて行かれる。
補充しても、また直ぐ辞めていく。
まるで"職人養成学校"だと、諦め顔の社長さん…。

文部科学省の高校生を対象にした"意欲調査"…。その結果が気になる。
将来「偉くなりたい」と回答したのは、何とわずか8%。
その理由は「自由な時間がなくなる」「責任が重くなる」「暮せるだけの収入があれば、それでいい。あくせく働くよりのんびり暮したい」 が43%。
将来への夢・志はないのだろうか?
「あぁ~情けない」と思うが、そんな価値観を植えつけたのは、私たち親。
戦後の成長期、家庭を省みず"働きづくめ"に働いてきて、定年近くなって窓際族に…。
そんな父親の姿を見て成人した子ども達。
「自分はああなりたくない…」と思ったとしたら、その責任は私たちにあるのでしょう…。
最近子ども達が、お父さんの会社に"一日参観"して、会社とお父さんの仕事ぶりを見てもらおうという会社が出始めている。
大変良いことだと思います。

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