« 2007年12月 | メイン | 2008年02月 »

2008年01月 アーカイブ

2008年01月08日

落語・親子酒

正月休みの一週間、バリ島のリッツ・カールトンなどの高級リゾートホテルが集まる、
ビーチ・ジンバラに宿泊。スキューバーダイビングと観光を楽しみました。

スキューバダイビング
ヒンズー教の寺院



【吉村外喜雄 - 206】
~ことば遊び~「落語・親子酒」

あけましておめでとうございます。
昨年の暮れ、身近にお付き合いしている友人…公の場で突然、禁酒を宣言した。
お酒を呑む機会が最も多い年末年始に、あれだけ好きだったお酒を絶ったのです。
心に期するものがあってのことでしょうが…驚きました。
そこで、年初め最初のメルマガということで、お酒に絡んだ落語小噺を一席…

♪親父と息子、二人そろっての大の酒好き。
ところが息子は酒で失敗をしてばかり。親父は、息子に酒をやめるように言う。
その代わり自分もやらないと、親子で禁酒の約束をした。
しかし、我慢できるのも二、三日まで…。

息子が年始まわりで出かけたある寒い日の晩…
「おい婆さんや、何か身体が温まるようなものはないかいな…」
『くず湯でも飲みますか?』。優しい女房は心を鬼にしてとぼける。
「もっとほかにあるだろう。なんか、ピリっとして温かくなるもんが…」
『唐辛子ですか?おじやかなんか?』

猪口を口に運ぶ真似をしても、知らんぷりをするので、
「頼むから一杯だけ。なに…倅がまだ帰って来ない」
とうとう根負けした女房は、お銚子一本差し出す。
こうなると、一杯で済むわけがない。あと一本、もう一本。
しまいには「持ってこ~いてんだ!」
やがて、べろんべろんに酔っ払ったところへ、息子が帰宅

『お父さん、ただいま帰りました』あろうことか、息子も泥酔状態。
乱暴に襖を開けると、中へ倒れ込んだ。
『山田さんの家(うち)に行きましたら、丁度いいところに来た、正月だから一杯やって行けと言われまして…。
親父と約束をしているのでと断ったら、以後出入りを止めると言われました。
あたし、怒っちゃいましたよ。たとえ出入りを止められても、男と男の約束を破ることはできません、と言ったら、「えらい! その心意気が気に入った。その意気でもって一献いこう!」となりまして、結局二人で二升五合あけちゃいました。
やはり好きなものは、なかなか止められませんね…お父っあん』

ろれつの回らない息子に、ろれつの回らない親父が言葉を返す。
「何という情けない男だ、酒を飲むなと言うのは、お前の身を思えばこそ。
この身代をそっくりお前に譲っていこうと思うから、お前に口うるさく言うのだ。
そこをよ~く考えて…」

親父は酔った目で息子をじ~っと見て、「おい婆さんや、倅の顔を見なさい。七つにも八つにも見えるよ。こりゃ化けもんだ。 こんな化けもんには、とても身代は譲れない」
『冗談言っちゃいけません。あたしだって、こんなグルグル回る家は、貰ってもしょうがない…』

学習研究社「落語ギャラリー60」

2008年01月11日

幸せの青い鳥

「一人をもって国興り、一人をもって国滅ぶ」

これは、前防衛事務次官守屋氏の"座右の銘"です。
1年前の1月、一人で防衛庁を引っ張って、"省"昇格を実現させ、晴れがましい思いをした直後、相次ぐ不祥事で、 一人で"省"の信用を失墜させた…。
彼が好んだ言葉どおりになったのは、皮肉としか言いようがない。

この事務次官のように、世渡り上手に地位や名誉や財産を手に入れ、成功を手にしても、心が貧しく、倫理や道徳に欠落したものがあれば、 いずれは信を失うことになる。
過去に私は、手相や面相に興味を持ち、趣味にした時期があった。
前防衛事務次官…事件直後、TVに映し出された顔に、どことなく暗い影が見られ、気になっていた。
その後、次々悪事が露見して…やっぱりそうだったか…。



【心と体の健康情報 - 326】
~幸せな人生を歩むために~ 「幸せの青い鳥」

世界中の人々から愛されてきた、ベルギーの劇作家モーリス・メーテルリンクの童話「青い鳥」。
この戯曲が書かれた1908年は、自国の権益を主張して譲らない国々が、やがて雪崩を打って第一次世界大戦に突入していく前夜…
まさに一触即発の不安定な時代でした。

今は21世紀。
望むものは何でも手に入る、平和な世の中にありながら、"青い鳥"を求めてさ迷う人の何と多いことか…。
メーテルリンクが、100年前に鳴らした警鐘が、再び、私たちのすぐ近くで鳴り響いているのです。

クリスマス・イブの夜、木こりの子供チルチルとミチルの兄弟は、"幸せの青い鳥"を探して旅に出ます。
旅先で待ち受ける冒険の数々。二人は時空を超え、不思議な出会いを通して、それまで知らずに見過ごしていた沢山のことを経験します。
しかし、青い鳥はどこにも見つかりませんでした…。

やがて夜が明け、長い旅を終えて自分たちの家に戻った二人は、青い鳥が自分達の直ぐ身近にいることに気付きます。
チルチルとミチルが捜し求めた"青い鳥"とは、いったい何だったのでしょう?

劇団四季「青い鳥」から

中国、宋の時代にも、似たような"詠み人知らず"の詩があります。

尽日(じんじつ) 春を尋ねて春を見ず
 芒鞋(ぼうあい)踏み 遍(あまね) く隴頭(ろうとう)の雲
 帰来適
(きらいたまた)ま 過ぐる梅花の下(もと)
 春は枝頭に在りて 己に十分

「一日中、春を尋ねてみたが、何処にも春を見出すことができなかった。
向こうの山、こちらの谷、あちらの丘と随分歩いたが、やたらと草鞋(わらじ)をすり減らすばかりだった。
家に帰って、ふと門前を見ると、梅の花が1、2輪、いともふくよかに良い香りを放って咲いている。
なんだ、春はここにあったではないか…」

(春を"道"と言い換えてもいいし、"真理"と置き換えてもいいでしょう)

私たちの周りには、立派な家に住み、高級車を乗り回し、豊かな暮らしをしている人達がいる。そうした人の持ち物と、 自分の持ち物を比較して、つい、幸・不幸を推し測ろうとしがちです。

また、金銭欲の強い人は、その卑しさが…、心の貧しい人は、その貧しさが…、顔に表れてきます。
反対に誠実な人、正直な人は、その誠実さや正直さが、オーラのごとく伝わってくる。
故に、暮らしが貧しいからと、心まで貧しくなってはいけないのですが、これが難しい。どうしてもひがみ根性が出てしまう。

「今年は良い年でありますように…」と初詣に行き、手を合わせてきた。
幸せの"青い鳥"…つい、目を外に向け、幸せを探し求めようとします。
遠くに求めなくても、"青い鳥"は、自分の心の中に潜んでいるのです…。
そのことに気づき、育んでいけば、幸せは向こうからやってくるようになる…。

2008年01月15日

バリ島見聞録

宗教舞踊「ケチャックダンス」主役の2人



【吉村外喜雄のなんだかんだ - 207】
「バリ島見聞録」

正月休み、バリ島ビーチ・ジンバラに出かけ、スキューバーダイビングと観光を楽しんだ。
その時見聞し、印象に残ったことをまとめてみました…。

インドネシアの通貨はルピア(70~80ルピア=1円)。 1,000ルピアが、日本の約12円ということになる。
観光初日の夕食…仲間8人でレストランで食事をした。レストランの円卓席に着いたら、ウエーターが日本語メニューを持ってきた。
「お、日本語のメニューか!親切だなァ」なんて喜んだら、実は"日本人価格"。

お腹一杯飲んで食べて3千円は安い!…と満足する私たち。
カモがネギしょって、お店にやって来たようなものでしょう…。
食後、手渡された清算書は240万ルピア…「えェ~、240万だってェ~」。
1人当たり約30万ルピア食べたことになる。日本円に換算すれば、3千円あまりだが…あまりに金額が大きくて…。
バリだけでなく、香港やセブなどのアジアの観光地…必ず"日本人プライス"がある。
なら、真のプライスは?How Much。
それは、その店と親しい関係にある日本人のみが知る、"友人プライス"に頼るしかない。

商品価格が、売り手と買い手の値段交渉によって決められるバリ。
コネのない私たちが買い物をする時、店員との駆け引きの上手・下手が大事になってくる。
高額のお土産を買う時、"半値八掛"を目安に、どこまで粘れるか…
駆け引きのタイミングと、心理を読むことだ…。

バリの道を歩くときは、スリと足元に注意しなければならない。
道路は狭く、歩道はあっても、注意しないと突然陥没していたり、枯れ木や廃材が歩道を塞いでいて、 バイクが猛スピードで走る車道に出なければならない。

鉄道や高速道路がなく、道が狭く渋滞するバリでは、バイクが最も有効な交通手段になる。
運転するお父さんの前に子供を立たせ、後部でお母さんが乳飲み子を抱え、腰掛ける…大人2人に子供2人までは乗車OKなのだ。
が、ヘルメットをかぶらないと、反則金を取られる。

無数の相乗りオートバイが、縦横無尽に走り回る。
クルマが道を空けろと警笛を鳴らしても無視…バイクもクルマも、前方にちょっとでもすき間があれば、ハンドルさばきも巧みに、 次から次と割り込んでくる。
交通事故に巻き込まれるのではと、恐怖に駆られる。が…2日もすると、危険感がマヒしてくる。

ダイバーショップで…レストランで…用を足した後、水を流そうとノブを回したら…水が出ない。
町の外へ出かける時、「トイレットペーパーを1巻持ち歩くと良い」と、同行のショップ社長…。
聞けば、バリ人はパンツをはかないという?どの家も浴室内に便器があって、もよおしたら、下半身丸裸になって便座へ…用を足した後、 手桶の水をお尻にかけて、手で拭いて、後は自然乾燥?…だから、ペーパーの備え付けがない?

東南アジアの国々を観光し、ビールやおつまみを買おうと、食品スーパーに入ると…その国だけの、独特の臭気が店内に漂う。
「臭い!」…食欲を減退させる臭い。ニンニクと香辛料の混ざった肉ダレの臭いのよう。上海でも、セブでも…。
西洋人が日本にやってきて、味噌や醤油、沢庵の臭いに、「臭い!」と顔をしかめるように…。

バリ4日目頃から、香辛料の強い油ぎった豚や鳥肉料理には、食欲が湧かなくなる。食べたいものが限られてくる…。
南国の果物は美味しい。ところが、バリの果物は甘みがない…スイカにしか手が出なかった。

バリお薦めは、王宮文化華やかな時代から受継がれた「バリ・マッサージ」
バリ伝統技で、アロマオイルを全身に塗って揉みほぐしてくれる。
古い角質が取れ、新陳代謝を促し、観光で疲れた身体を気持ちよく癒し、やみつきになりそう。
ところで、浜辺に"椰子の木"という風景が、南国のイメージである。
が、バリでは、道路脇や山間部の斜面に、何千本もの椰子の木が葉っぱを広げ、ココナッツが生っている。

2008年01月18日

より良い夫婦関係

■結婚四十年、奥様への変わらぬ愛

昨年11月、一緒にハワイ観光した福井市のK社長。
以前、浜名湖へ一泊二日の温泉旅行に出かけた時、宿に着くやK社長、奥様に絵葉書を書いていた。
「明日、ハガキが届く頃には家に帰っている…なのに、何故?」って尋ねたら、特に意味はなく、長年の習慣だという。
結婚四十年…今も変わらぬ奥様への愛… 頭が下がります。

●共働き30年の私たち夫婦。夫婦円満の秘訣を挙げると…
(1)夫婦は、自分に不足するところを補いあう間柄…
   "感謝の心"で接すれば、自然と「ありがとう」の言葉が湧いてくる…

(2)心を込めて、「おはよう」「行ってらっしゃい」「お帰り」「お疲れさま」
   「おやすみなさい」…労わりの心で挨拶すれば、労わりの心が返ってくる。

(3)食事どき、食後のくつろぎどきの夫婦の会話を大切にする。
   大切なのは、「相手の話をよく聴くこと」「会話を楽しむこと」。
   分っていても、時には口げんか…つい、耳をかさず、言い分を通そうと、
   声を荒げる自分がいる。 

(4)食事の後片付け。洗濯する・干す・仕舞う・アイロン掛け。
   身の回りの整理整頓…自分のモノは自分で…できることは自分でやる。



【心と体の健康情報 - 327】
~幸せな人生を歩むために~ 「
より良い夫婦関係

共働き・一人っ子家庭の多い今の社会。
家の中は静まり返り、家族揃って会話を交わす機会が、昔に比べ少なくなった。
公園には、子どもたちの遊ぶ姿がない。
一人部屋に閉じこもり、ゲームに興じる日々…そんな家庭環境で大人になっていく。
人は十人十色、考え方が違う。なのに、自分と違った考えを、受け入れることができない。
また、相手に自分の考えや思いを伝えることも下手…努力することもしない。
対人関係に悩み、人間嫌いになっていく…。

良い人間関係を形成するには、"対話"が不可欠。
対話によって、お互いの理解が深まり、信頼関係が培われていく。
信頼は相手を受け入れ、認めるようになる。自己開示して、素直に聴き、素直に話せるようになる。 何でも肯定的に受け入れることが出来るようになる。

「夫婦円満の秘訣」
川柳に、「バスの旅 しゃべらないから夫婦だよ」や、「一生の不作と二人認め合い」というのがあった。

「ある生保会社のアンケートによると、一日の夫婦の会話時間が30分以下の夫婦が、4割もいるという。 そう回答した人の三人に一人が、「配偶者に愛情を感じていない」と言う…。

聴き上手になるための研修会で、アドバイザーから…
「あなたと組んだ聞き手は、話し掛けるあなたを、完全に無視します。それでも、何か話題を見つけて、 1分程度話しかけてください」
そっぽを向いている人に話しかけるのは、思った以上に難しい。
わずか一分でも、語りかけるのは大変だ…。

今度は、語りかけに耳を傾けてもらい、相づちを打ってもらうようにすると、和やかに会話が弾むのです。
参加者のほとんどが、与えられた1分をオーバーしたという…。

夫婦の会話。まずは、相手の話をしっかり聴くことです。
「疲れているから」とか、「忙しいから」と、どうせ聞いてくれないだろうと、話しかけることをしない。甘えとテレから、 向き合うことをサボってしまう。
お互い向き合い、アイコンタクトをとって、しっかり聞いてあげることです。

中日新聞「言いたい放談」

「ありがとう」「ごめんなさい」…こんな短い会話、「どうも照れくさくて」と、タイミングを逃して言いそびれ、 気まずい思いをしている夫婦や親子…意外と多いものです。
そんなご家庭に、とっておきの手法があります。

便箋に「ありがとう」「ごめんなさい」など、自分の気持ちを書いて、妻や夫、子どもの机の上に置いておけばいい…娘が高校生の頃、 父親の私に反抗…この手を使って謝ってきた。
小さな便箋二枚に、小さな字でびっしり…たったこれだけで、父娘のわだかまりが消え、すべて解決したのです。

私の誕生日に娘から、可愛いハガキが届いたことがある。同居しているので、手渡せば済むこと…それをわざわざポスティング。 郵送されて私の手元に届いた…その演出がたまらなく嬉しい。

真似て、私が60歳の還暦の年、長年連れ添った妻に、感謝の気持ちをしたため、投函。5~6年経った今も、 「宝物のように大切にしまってあるのよ」と、最近になって知った…。

2008年01月22日

バリ島見聞録/ヒンドゥー教

神様の入り口 バリのお祭り

宿泊したホテルの脇に神様の入り口が…。バリではこのような建造物がごく普通に見られる

海鮮レストランで昼食をとっていたら…



【吉村外喜雄のなんだかんだ - 208】
「バリ島見聞録/ヒンドゥー教」

マレー半島の先に、大震災に見舞われたスマトラ島。
その先、東南方向にジャワ島が、ジャワ島の最南端にバリ島がある。
インドネシアは、1万7千の島々から成り、9千の島々に、日本の倍の人口の2億3千8百万人、 約490の民族が多様な文化を持って暮らしている。

バリの人口は330万人。その人口の87%がイスラム教、11%がキリスト教、1%が仏教その他、ヒンズー教は1%に満たない。
また、火山島だからでしょう、岩石は"浅間山の鬼押し出し"のように黒っぽい。
寺院の仏像も、海岸に突き出た岩も黒っぽい…。
バリには、2万を超えるヒンドゥ教寺院が点在する。インドから伝わったヒンドゥ教の神々は、大乗仏教やバリ土着の宗教と混じり合い、 バリ・ヒンドゥーという独自の宗教が育った。
インドネシアでは、独自の文化を持つ島である。

バリにも、日本でいう表鬼門、裏鬼門がある。
住まいから、島中央部の3千メートルの活火山、アグン山の方向が表鬼門になる。
その反対方向の海側が裏鬼門になる。だから、島民が住む場所によって、鬼門の方向が変わってくる。日本のように方角が一定していない。

魔除けの像表鬼門の方角は、「聖・善・平和」を象徴し、海の方角は、鬼神が棲む"凶"になる。
バリの家々、住宅も、官庁も、前庭のある家の入り口には必ず、割門(チャンディ・ブンタル)があり、神聖な世界と俗世界を分ける。
敷地を取り囲む塀の所々に、地の神の彫刻が、魔除けとして置かれている。

バスガイドさん、「私の家には、18対の神々が祀られている」と語る。
日本人夫婦が経営する、ダイバーショップの入り口にも割門があり、敷地内を見渡し、数えると、5ケ所に神様が据えられていた。


大きなものは、約1坪半くらいの囲いに、墓石のような塔が据えられ、神様が祀られている。小さなものは、 日本庭園の石灯篭のような塔に神様が祭られ、お供え物がしてある。

毎朝、すべての神様にお供え(チャナン・ヌパン)をして、お祈りを欠かさない。
敷地の出入り口の床にも、お供え物を置く。見ると、椰子の葉で編んだ12センチ角くらいの浅い器の中に、 ビスケットや花などの供物が入れられている。
ショッピングセンターの、高級ブランド店の入り口脇の床にも、お供え物が置かれていた。
バリでは、農作業から、宗教行事、ガムラン演奏や踊り、公共への奉仕活動、冠婚葬祭すべてを、村人みんなで相談して行う。
地域住民の相互扶助共同体が確立していて、一昔前の日本のよう…。

バリの人達はお祭りが大好き。毎日島のどこかで祭事が行われているという。
写真は、元日の昼、村人が白装束で、頭の上に神様?を乗せ、楽器を鳴らし、私たちが食事をしている前を通り過ぎていったものです。
島内を歩けば、どこかで写真のようなお祭り行事にぶつかるのです。

車窓からは、日本によく似た水田風景が遠望できる。
年三毛作のバリでは、牛は農作業に欠かせない。畦に沿って点在する小屋に、牛が飼われているのが見える。ヒンドゥー教だから、 牛を大切にしているのでしょうね…。

2008年01月25日

孔子の教え(13)自分に厳しく、人に寛大であれ

■成人には、「大人になる」と「人と成る」の2つの意味がある

1月、恒例の20歳を祝う成人式が、全国の都道府県で行われた。
今年も一部の式場が荒れて、夜のニュースになった…又かと、うんざりさせられる。

以下、伊与田 覺「人間学と論語」から…

 

「成人」には2つの意味がある。
1つは20歳になって、成人の仲間入りをする意味。
もう1つは、「人と成る」の意味…。

「大人」という意味の成人は、特別努力しなくても20歳になれば、誰でも「成人」と言われるようになる。
「人と成る」の方は、"立派な人間になる、人間らしい人間になる"という意味ですから、これには"努力"がいります。

 

明治時代の小学校は4年制でした。それを終えると、大部分は社会に巣立っていった。
松下幸之助は、4年を終えて大坂に丁稚奉公に出ている。
小学4年の年で、既に社会人として「人と成る」の心構えが出来ていたのです。

今の時代、成人はしても「人と成る」には至らず、幼児性を引きずったまま、大人の仲間入りをするところに、問題があるようです。



【心と体の健康情報 - 328】
~古典から学ぶ~
「孔子の教え(13)自分に厳しく、人に寛大であれ 」

「子曰く 身自ら厚くして 薄く人を責むれば すなわち怨みに遠ざかる」

(衛霊公第十五)

「孔子が言われました。自分に厳しく、人に寛大であれば、人から怨まれることはなくなる」

何かあると、自分を反省せずに、人を責めてしまうのが人情というもの…。
戦後、民主主義がやかましく言われるようになってから、この風潮が目立つようになり、世を挙げて権利は主張するが、 己の責任を反省することが少ない世の中になった。
そのためか、思いやりのないギスギスした世相になってきた。

冒頭の孔子の言葉から、人に"正道"に立つよう強く求めると、多くの場合、人から怨まれるのがおちです。
そこで、人に対しては"仁の心"をもって寛大に接し、 自分に対しては""をもって厳しく責める。そんな心が求められる…と孔子は言う。

"孟子"もまた、人から無礼や横暴が加えられた時、「わが身にそうされる理由がなかったかどうか、幾度となく反省(三省) するように」と、説いている。

以下、紀州家から出て八代将軍となった徳川吉宗が、まだ少年で、紀州にいた頃の話です。
名奉行として後世に語り伝えられる大岡越前守は、その頃、伊勢山田の奉行を勤めていた。
あるとき忠相は、夜な夜な禁猟の池に入って、網を打って鯉をとっている少年がいることを耳にした。早速捕手を差し向けると、 少年は徳川家の葵の紋の提灯をつきつけて、「無礼者、この葵の紋が目に入らぬか!」と一喝した。

見ると、紀州家の若者に相違ない。捕手の頭が恐縮して、そのことを忠相に報告した。
翌晩、忠相自ら出かけて、有無を言わさず少年を召し捕り、牢にぶち込んでしまった。
翌朝、忠相は少年を白洲に呼び出し、
「殺生禁断の場所へ網を入れたばかりか、ご紋をたばかった大罪は許し難いが、
 まだ少年の身である故、今回限りさし許す。しかし、今後は絶対許さんぞ」と、
厳しく叱りつけて放免した。

少年は深くその非を悔い、生涯己を戒めることを忘れなかったという。
この少年こそ、後の八代将軍吉宗その人だったのです。
将軍になった後も、子どもの頃の忠相のことを忘れず、江戸町奉行に抜擢している。
忠相は、幾多の名裁判を行い、それは「大岡さばき」と称せられ、名奉行として後々に語り継がれるようになったのは、 誰もが知るところです。

吉宗にまつわる今一つの話は、これも同じくまだ紀州にいた頃のことです。
家来がある晩宿直をして、こっそり酒を飲んだ。
この家来、もともと酒癖が悪かったので、酔って刀を抜き、荒れ廻って、ふすまを斬りつけてしまった。

同僚がとり押さえ、吉宗に裁断を仰いだ。
吉宗は笑って、「酒の上のことだ。一度だけは許してやれ。しかし、破ったふすまはそのままにしておけ」と言い渡した。
ふすまを斬り破った家来は、吉宗の寛大な処置に感謝したが、毎日破れたふすまを見ることは、身の置きどころもない程辛いことでした。 とうとう、生涯にわたって禁酒することを誓い、ようやくふすまの修繕を許してもらったという。

吉宗はこのように己に厳しく、人に寛大であったからこそ、名将軍として後々まで、慕われるようになったのです。

「論語の友」より

2008年01月29日

縁起をかつぐ風習

■二月は縁起を担ぐ事の多い月

受験シーズーンを迎え、高校や大学受験を控えるご家庭では、神仏にすがりたい思いでしょう。
兼六園の金沢神社。学問の神様・菅原道真を祀り、受験生の参拝がひきもきらない。
参道脇にくくられた絵馬に目をやると、受験生の切なる願いが重なって見える。
この時期、「道路が凍っているから、滑って転ばないように…」とか、「落ちる…」とか、常日頃のなにげない言葉が"禁句"である… 周りも気を使う。
しっかり勉強していれば、そんな"言葉尻"に惑わされることもないだろうが…。

節分の豆まきも、縁起事の一つだが、節分の夜に、その年の恵方に向かって、目を閉じて願い事を唱えながら、太巻きを丸かじりする風習… 4~5年前から金沢でも見られるようになった。
このバカバカしい縁起担ぎ…大坂・船場の商売繁盛の祈願事として始まったと言われる。「食べている間は無言でいてね…」と、 私に一本差し出し、真顔で講釈をたれる妻…縁起が良いからと、本気でほお張っている。


【吉村外喜雄のなんだかんだ - 209】
「縁起をかつぐ風習」

会社に隣接する駐車場。1から順に番号を振ってあるが、4と9がない。四は"死"につながり、九は"苦"通じて「縁起が悪い」 というのがその理由。
ことばに実体があるかのように一人歩きし、"四"や"九"を嫌う日本の風習。

四がダメなら、"詩"や"師"、"士"も"氏"も"市"も、すべて"死"につながり、縁起が悪いということになるじゃないの…?
こだわること自体可笑しいし、ばかげている。なら、無視すればいいかというと、世間一般の慣わしである以上、そうもいかない…。

易の本家中国はどうかというと、"四"については全く気にならないし、"九"は "久"につながり、長寿を意味するとかで、 逆に喜ばれる。
59歳、69歳、79歳の年は「慶九」として、盛大にお祝いをするくらいです。
金沢市と蘇州市が姉妹都市になって、昨年25周年。中国では縁起の良い数字"九"にちなんで、99本の"桜"を蘇州市に寄贈している。

西洋では、13日の金曜日は不吉な日。日本でも、家を建てる時、13階段を嫌う。鬼門を気にし、風水にこだわって、 間取りにあれこれ注文を付ける人も少なくない。
鬼門には、北東の「表鬼門」と、南西の「裏鬼門」があり、鬼が出入りする方角、災いを呼ぶ方角として、古くから忌み嫌われてきた。
私が建築に従事していた頃、鬼門から玄関や水まわり、トイレを外すように…と言う要望が多かったことを思い出す。

表鬼門の北東は、家の中の他の場所より寒く、暗い場所になる。
そこに居間や茶の間を持ってくるのは、健康に悪い。一方、裏鬼門にあたる南西は、西日が当たって暑く、物が腐りやすい場所だ。 台所や厠を持ってくると、病人が出たり不幸になるという、古くからの言い伝えがある。

今は、冷暖房や照明が整い、上下水道が完備し、冷蔵庫のある時代。限られた敷地で、間取りの良い家を建てるためにも、 昔のように鬼門にこだわってはいられない…。
日本人は、仏滅に祝い事を避け、友引には葬式を避ける。
近頃は、ハワイで結婚式を挙げるカップルが多くなった。が、そこは、日本の神仏が及ばないアメリカ…私たちの先祖・ 仏様の前で誓いを立てるのではなく…信心したことのない、聖書も読んだことのない…キリスト教教会に出かけて愛を誓うのです… それでいて、大安吉日にこだわろうというのでしょうか?

私の娘もハワイに出かけ、キリスト教会で式を挙げた。予約をしたら、日本の仏滅の日しか空いていなかった…やはり…日本では、 その日は仏滅かもしれないが、ハワイは日付変更線をまたいで、一日さかのぼり、仏滅には当たらないし、ハワイには仏滅など存在しない…。 皆さんはどうしますか? 予約を入れますか? 別の日にしますか?

クリスマスを例に挙げると、日本では、子どもにオモチャを買ってやり、ケーキを食べる日であって、 キリストの生誕を祝う家庭は少ない。西洋の風習を都合よく、生活慣習に取り込み、年中行事にしていく日本人…なんと心の広いこと。

私は、世間一般に信じられる、名前の字画から吉凶を占うことや、印鑑に絡む縁起を一切受け入れないし、認めない。知れば、 一生気にするだろうから…。
"見ざる・知らざる・聞かざる"を、押し通している…。

メルマガ購読受付

このブログの記事をメルマガで定期的にお届け致します。

メルマガ購読のお申し込みはこちら >>

About 2008年01月

2008年01月にブログ「吉村外喜雄のなんだかんだ」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年12月です。

次のアーカイブは2008年02月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.36