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啓発録・志を立てる

■一生を貫く志は?        森 信三「修身教授録・二第七講」より

「一生を貫く志は?」と、尋ねられて…
「将来立派な教育者になる」という程度に、漫然と考へていてはいけない。
もっと具体的に、詳細に、目標づけられていなければならない。
また、「野心」と「志」は、区別がいる。
「野心」とか「大望」は、自分の名を高める"自己中心的"なものです。
「世のため、人のため」というところがなければ、「真の志」とはいへません。

■「安岡教学」の普及に務めた、故・豊田良平先生のことば

「自分の決意と覚悟、そして行動によって、運命は変えられるものです」
「人生とは立命だよ…立命とは命を立てることです…志を持つ…これが立命です」
川人正臣編「仕事と人生」


【心と体の健康情報 - 632】
~古典から学ぶ~ 「啓発録・志を立てる」

前号に続き、 橋本佐内の啓発録「立志」からの抜粋です。
日本創造教育研究所・代表取締役・田舞徳太郎氏。
その昔、寿司屋に丁稚奉公していた頃…仕事を終え、宿舎に戻ってくると、四十ばかりの先輩職人が、酒に酔いつぶれて寝ていた。

その姿を見て…(自分の将来もこうなるんや)と思ったとき、
「俺は、こんなんはいやや! こんな人生はいやや…!」と、心の底からの叫びとなって、湧き上がってきたという。
「こんな人間にはなりたくない! 俺はもっと立派な人間になるんや…志を立て、必ず成功するんや…」と、我が身に誓ったと、著書 「人生三観」で語っている。

橋本佐内の「立志」では、"志"について、以下のように語っています。

世の中の人の多くが、何事もなし得ずに生涯を終えるのは、その志が大きく、そしてたくましくないからである。
"志"を立てるというのは、自分の心の向かい・おもむくところをしっかりと決定し、一度こうと決心したからには、 真っすぐにその方向を目指して、絶えずその決心を失わぬように、努力することである。

人にはみな"夢"がある。しかし多くの人は、夢が夢のままに終わってしまう。
「なりたい」と思っているだけでは、駄目なのです。

「なりたい」思いを奮い立たせても、それに伴って"志"が立っていなければ、決心がゆるみ、後戻りしてしまう。
それゆえ、一度士気を奮い起こしたならば、次にはしっかりと"志"を立てることが大切である。

ところで、この"志"というものは、書物を読んだことによって、大いに悟るところがあるとか、 先生の教えによるとか、自身が困難や苦悩にぶつかり、発奮して奮い立ったりして、そこから立ち定まるものである。
従って、のん気で安楽な日々を過ごし、心がたるんでいる状態では、とても"志"が立つものではない。
"志"の立ち定まっていないものは、魂のない虫けらと同じで、いつまでたっても少しの向上もない。

一度"志"が立って目標が定まると、それからは日に日に努力を重ね、成長を続ける。まるで芽を出した草に、 肥料のきいた土を与えたようになる。
また"志"が立った後でも、学問に励むことを怠れば、"志"が一層太くたくましくならずに、ともすれば、 かえって以前の聡明さや道徳心が減少し、失われてゆくものであるから、注意しなければならない。

15歳の少年が、自らの"志"につについて、考えを述べたものです。

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