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私たちの歴史・文化認識

「三国志」 「坂の上の雲」など、戦いをテーマにした、 日本や世界の
歴史小説を読み漁る私…
数年前、塩野七生著「ローマ人の物語」を読破してからは、地中海を
取り巻く国々の栄枯盛衰に、ひときわ興味を持つようになった。
 
・以下は塩野七生の著書です…大変面白いのでお薦めします。
○「コンスタンティノーブルの陥落」  
 約1千年栄えた、東ローマ帝国の首都コンスタンティノーブルが、
 ついに最後を迎える時がきた。
○「ロードス島攻防記 
 コンスタンティノーブルを陥落させたオスマン・トルコは、喉元のトゲ
 の存在、キリスト教世界の最前線「ロードス島」攻略を開始する
○「レパントンの戦い  
 1571年、スペイン王率いる西欧キリスト教連合艦隊は、当時無敵
 と言われたトルコ艦隊を破った。
○「海の都の物語 
 他国の侵略に耐え、自由と独立を守り抜いた、ヴェネツィア共和国
 1千年の物語
ローマ亡き後の地中海世界 上・下」
 
 
844 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「私たちの歴史・文化認識」
 
古都ローマの下町を、ビテオ片手に歩き回ったことがある。
街並は美しく、歴史の遺構が大切に保存れている。
ローマの旧市街には、高層ビルやマンション、電柱・ 電線などの、都会によく見られる風景がない。商業看板も、サイズや色が統一されて、 控えめだ
 
観光客のいない裏町を歩いていたら、住宅の一角にポッカリ穴いたた。立ち止まって覗き込むと、 建物の屋根が見える…ローマ時代の遺跡です…一部掘り出され、 大切に保存されている。ローマの遺跡の上に、現代の住居乗っかり、 人や車が行き交っている… 歴史の奥深さを感じるのです
 
昨年観光したチュニジアもすごかった…紀元前9世紀頃から、 地中海の覇権を欲しいままにしたカルタゴ…紀元前二世紀、新興国ローマに滅れた。
破壊しつくした都の上に、 新しいローマの町が築かれた。
ローマ遺跡の下にカルタゴ遺跡があり、その下に、 原住民ベルベル人、ヌミディア王国の遺跡が隠れているのです。
 
ローマが衰退した後、チュニジアはイスラムの支配が1千年続いた。そして、フラ時代へ… 異なる文明・ 宗教がない交ぜに歴史を重ね、 今に受継がれているのです
 
ローマ旧市街の古い住居…外観は数百年前のまま… 一歩建物の中に入ると、 現代のモダンな居住空間広がっている。
フェレンツェ大聖堂前の広場では、 不似合いな巨大広告看板が目に入った
見上げたら、日本の家電メーカーの看板だった。
 
日本や東洋人の住居は、絵や生け花、置物で飾られ、文化の香り漂う。
ところが、一歩家の外に出ると、 何でこんなにゴチャゴチャ汚らしいのだろう。古いものと新しいもの、東西の文化がごちゃ混ぜになって、まとまりがない。
 
町を歩けば、ネオンや看板が溢れ、電柱が林立し、電線が垂れる。自転車が歩道に放置され、信号脇の植え込みは、空き缶だらけ…。
団地に目をやれば…どこの国? 狭い敷地に庇をくっ付け、緑や黄の外壁の国籍不明風建築が建ち並ぶ。
 
東南アジアへ旅して…飛行機の窓から見下ろす団地は、 外壁は白、屋根はオレンジや青に統一され、美しい。マレーシアやシンガポール、チュニジアなど、 西欧の植民地を経た国は、 整然と美しく、 ヨーロッパ香りが漂う
 
卯辰山を借景に、兼六園から見下ろす金沢市街…昔は、 黒光りの屋根瓦がった。 今はマンションが林立し、赤や青屋根瓦が金沢の景観を破壊
美しい金沢が失われていく…美意識は家の中だけ?
 
子供の頃通った小学校は、市中心部の少子化で廃校になった。
学校跡は、 観光名所”武家屋敷”の一角に取り込まれて、江戸時代の薬問屋が移築され、それらしい塀もれた。
平成につくられた”偽物” が混じった武家屋敷へ、古都金沢の情緒を求めて、観光客がやってくる。
 
以前、遺跡発掘現場に、他所から持ってきた埋蔵品を埋め、 学会を欺いた者がいた… 五十歩百歩に思える(疑問に思うのはだけでしょうか)…
ローマやチュニジアで遺跡のあり方を見ると、白けてくるのです。

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