« 大乗仏教の教え(5) | メイン | 大乗仏教の教え(6) »

立山山岳信仰

■立山高原散策
先週、晴天が続いた…ならばと立山アルペンに出かけ、広大な大自然の
散策を楽しんだ。初日は、標高二千メートル、弥陀ヶ原湿原の木道を散策…
緑のじゅうたんを敷き詰めた高原は、黄色く秋色に色づき始めていた。
 
二日目も雲一つない晴天。室堂から立山山頂がくっきり望めた。
雄大な景観を楽しみながら、ミクリガ池から地獄谷へ下る途中、道をチョコ
チョコ横断する、雷鳥親子に出会った。
 
地獄谷は熱湯がたぎり、至るところ火山ガスが噴出…硫黄の臭いが鼻を付く。
カシヤ地獄から六地蔵、雷鳥沢ヒュッテを回って、山道を登ること2時間。
2400メートルの日本一高所にある「みくりが池温泉」に浸かり、足の疲れを
癒した…いい湯だった。
 
 
 
900 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「立山山岳信仰」
 
越中立山は、富士山、白山と共に日本三霊山として知られる、神の住む山です。
立山は雄大な山岳景観、高山植物、雷鳥、そしてアルペンルート、雪の壁など、毎シーズン登山者がにぎわう。
立山のもう一つの顔は、「地獄極楽」信仰の山としての歴史。
 
立山信仰を知るには、ぜひ立ち寄りたい立山町・芦峅寺(あしくらじ)」…お寺ではない…立山登山口「立山駅」の手前、車で15分の所にある村の名前です。
 
その昔、修験道の山・立山に登ってくる修験者たちが、定住し生活するようになった村落である。村には、修験者たちの宿坊や古寺、博物館があり、登山の折に立ち寄りたい観光スポットです。
 
14日の朝、立山に向う途中、芦峅寺の「立山博物館」を見学した。
山岳信仰の歴史と、立山の異界を図示した立山曼荼羅(まんだら)が主な展示物。
 
仏教が日本に伝来する以前は、死者の霊は山へ登っていくとされた。平安初期には、立山は山岳霊場を巡る、修験者の修行場の一つになっていた。
その山中他界観に、仏教浄土(地獄極楽)が結びついて、立山には恐ろしい”地獄”と理想郷の”浄土”、すべての”異界”が存在する山として信仰されるようになった。
 
その立山信仰の歴史物を集めた立山博物館…中でも、立山曼荼羅の地獄極楽が描かれた巨大屏風は必見です。
屏風に描かれた立山…地獄・極楽が詳細に描かれ、とりわけ強調された地獄の凄惨さは、罪を侵した者をおののかせることだろう。
すべての他界が存在する立山…登拝すれば、罪や汚れは取り除かれ、新しく生まれ変われるのです。
 


 
立山山頂真下に広大な地獄谷がある…火口がぽっかり口を開け、熱泉が煮えたぎり、轟音とともにガスが噴き上げる…山頂近くに登ってきた修験者には、まぎれもなくこの世の地獄に見えたことだろう。
 
当時の人々は、地獄に落ちることを恐れた。それを救わんがため、立山曼荼羅が描かれ、立山登拝が奨励されたのです。
山頂に立って、雲海から昇ってくるご来光を拝めば、そこは極楽浄土…己が罪は清められ、思わず手を合わせ念仏を唱える。
 
”芦峅寺”には、全国ここにしかないという、醜悪な老婆の姿をした異形の神「おんばさま」が崇拝されている。
つい最近まで、霊山・霊場はすべて女人禁制だった…これを侵して入山すれば、神の怒りを受け、石や木にされてしまうと言い伝えられてきた。
 
立山登拝が許されない罪多き女性に、救いの手を差しのべ、女人往生が叶えられる芦峅寺の「おんばさま」…”女人成仏”唯一の霊場として、全国の女性信者が訪れる村なのです。


 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.noevir-hk.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1536

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

ひとつ前の投稿は「大乗仏教の教え(5)」です。

次の投稿は「大乗仏教の教え(6)」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.36