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2014年03月 アーカイブ

2014年03月03日

農耕民族と狩猟民族

国民性


多民族国家アメリカ・・ロサンゼルスの日系人

で、クリーニング店を営む人が多い。

また、韓国などのアジア系、ヒスパニック系

のメキシコ人なども、クリーニング業を営んで

いる。

アジア系は勤勉で仕上がりも良く、顧客の評

判がいい・・

それを妬んだヒスバニック系が、日本人と
韓国人の店に石を投げ、ウインドウガラスを
割った。

韓国人は怒って、移民仲間とヒスパニック系

の店へ、抗議の仕返しに行った。

ところが日系人は、何も無かったかように
ガラス片を片付け、相手をこれ以上刺激しな
いのが良策と、じっと我慢して、ほとぼりが

覚めるまで、様子を見ることにした・・



1154 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
「農耕民族と狩猟民族」


四方を海に囲まれた日本・・異民族に侵略された歴史を持たない、世界で数少ない民族です。国土は狭く、野山には狩猟の対象になる野獣が生息せず、太古の昔から農業に依存してきた。

農作業は天候に左右され、人手がかかる・・村人みんなで助け合って
生きてきた。
対する世界の多くの国は、狩猟と馬や羊を放牧する「牧畜・狩猟民族」の肉食系です。
部族は、良い牧草地を求めて移動する・・土地を求めて争いが起きる・・肥沃な土地を奪い奪われる歴史を繰り返してきた。

異民族に国を滅ぼされ、被支配民族として何世紀も悲哀を味わった、
怨念の歴史を持っている。

相手の言い分を聞いていては、自らは守れない・・根絶やしにされないように村を城壁で囲み、結束して守りを固め、対立部族への備えを怠らない。

独立独歩、自己主張が強く、闘争心の強い狩猟民族・・他国との交渉事では、相手国を恫喝し、自国の正当性をことさら強調し、交渉を有利に導こうとする。

そうした国から見れば、「和」の発想で解決しようとする日本は、異質である・・北朝鮮や中国の外交におけるあのしぶとさを見れば、納得できる。

世界で数少ない草食系民族の日本人・・集団で群れ、性格は温和で、
集団のために一歩へりくだることを美徳としてきた民族です。


隣国とは常に仲良くし(国際社会では、隣国と仲が悪いのが普通)、平和に話し合い、譲り合いの精神でもって解決しようとするが、どこか噛み合わず、交渉ごとがうまくいかず、気押されてしてしまう。


日曜討論などで、政府の外交政策を批判する評論家の多くは、日本人独特の発想で、平和裏に解決すべきと言うが、狩猟民族的発想の中国や韓国、北朝鮮にはまったく通用しない・・暖簾に腕押しである。


以下2月4日・読売新聞論評・・「尖閣や竹島問題に対する政府の対応に、一部のメディアが声高に批判しているが・・それなら聞きたい・・尖閣や竹島は日本の領土ではないのか?
中国と韓国は、慰安婦や領土問題で、日本をおとしめるネガティブキャンペーンを展開している・・そこに日本メディアが油を注いで騒ぐ・・
どこからか”高笑い”が聞えてくる」

2014年03月06日

本田圭祐・将来の夢

「武 豊」の夢


『僕がまだ三歳の頃、午後の引き運動で
GI馬の背中に乗せてもらいながら、
ダービージョッキーになることを夢見ていた。


これは本物です・・人や技術が進化を遂げる
ように、夢もまた進化します。


騎手学校で様々なことを学び、ときには教官

や先輩の愛のムチに歯をくいしばり、空腹に

お腹が鳴るのを抑えながら、新たな夢として

心に描いたのが・・

「ジャパンカップを勝てる騎手になりたい」

というものでした。

                           武豊著「勝負師の極意」



1155 【心と体の健康 】

~幸せな人生~ 「本田圭祐・将来の夢」


3月1日、2014年J1開幕。昨日5日のザックJ・NZ戦は、本田、香川、長友、岡崎たちの活躍で、4-2で勝利した。

さて、ヤンキース・イチロー選手の小学六年の時の作文「僕の夢」

よく知られているが、この一月にACミランへの移籍が叶って、活躍している本田圭祐も、小学生の時に「将来の夢」という作文を残している。

彼の子どもの時の夢が、思った通りに
実現しているのは・・驚きです。


『ぼくは大人になったら 
世界一のサッカー選手になりたい・・と言うようになる

世界一になるには  世界一練習しないとダメだ

だから  今  ぼくはがんばっている

今はヘタだけれど  がんばって  必ず世界一になる

そして  世界一になったら  大金持ちになって親孝行する

Wカップで有名になって  ぼくは外国から呼ばれ、

ヨーロッパのセリエAに入団します

そして レギュラーになって 10番で活躍します

一年間の給料は  40億円はほしいです

ブーマと契約して  スパイクやジャンパーを作り

世界中の人が  この僕が作ったスパイクやジャンパーを

買っていってくれることを  夢見ています


一方  世界中のみんなが注目し

世界中で一番さわぐ  4年に一度のWカップに出場します

セリエAで活躍している僕は  日本に帰り ミーティングをし

10番をもらって  チームの看板です


ブラジルと決勝戦をし  2対1でブラジルを破りたいです

この得点も  兄と力を合わせ  世界の強豪をうまくかわし

いパスを出し合って  得点を入れることが 僕の夢です 』

2014年03月10日

落語・二番煎じ

江戸小噺「跡継ぎ」


盗っ人が、せがれを呼んで・・
「お前も、もう十五にもなったのだから、

ぼつぼつ家業を継ぐ心づもりをせにゃなるま

い・・今夜大黒屋に押し入るから、見習いの

ためついて来い」

と、連れて行ったが、すぐに引き返して来た
ので、女房、あきれて・・

『どうしたんだい? こんな早く帰って来たり

して・・』と聞くと、盗っ人プリプリしながら・・


「あきれ返った腰抜けだ!先方に着いたとた

んにふるえ出し、何の役にも立ちやぁせん。

こんな意気地 のないやつは・・ どうせ・・
”畳の上”でしか死ねはせんわな」

************************************

畳の上での大往生など考えたこともない筋金
入りの盗っ人・・心意気はあっぱれだ。


                        山住昭文「江戸のこばなし」



1156 【吉村外喜雄のなんだかんだ】

~ことば遊び~ 「落語・二番煎じ」


♪火事は江戸の華・・特に真冬は大火事が絶えないので、町内で自身番を置き、商家のだんな衆が交代で火の番として、夜回りをすることになった。

寒いので手を抜きたくても、定町廻り同心の目が光っているので、しかたがない。そこで月番のだんなの発案で、二組に分かれ、交代で一組は夜回り、一組は番小屋で・・酒を飲んで待機することにした。


最初の組が見回りに出た・・凍るような寒さ・・みな手を出したくない。

宗助は、提灯を股ぐらにはさんで歩くし、拍子木のだんなは、両手を裾へ入れたまま打つので、全く音がしない。


鳴子係りのだんなは、前掛けに紐をぶら下げて、歩くたびに膝で蹴る横着ぶりだし・・金持ちの辰っあんに至っては、握ると冷たいから、紐を持ってずるずる引きづっている。

誰かが「火の用心」と大声で叫ばなくてはならないが・・拍子木のだんなにやらせると、低音で「ひィのよォじん」と”謡”の調子になってしまうし・・鳴子のだんなだと「ちちちンつん・・ひのよおおじいん・・よッ」と”新内”


辰つぁんは辰つぁんで、若いころ勘当されて、吉原の火廻りをしたことを思い出し、「ひのよおおじん・・さっしゃりましょおお」と”廓”の金棒引き。


一苦労して戻ってくると、やっと火にありつける。

1人が月番に、酒を持ってきたからみなさんで・・と申し出た。

「ああたっ!ここをどこだと思ってるんです・・自身番ですよ・・
  役人に知れたら大変だ」

とはいうものの、酒だから悪いので、煎じ薬のつもりならかまわないだろうと・・土瓶の茶を捨てて”薬”を入れ・・酒盛りが始まる。


そうなると肴が欲しいが、おあつらえ向きに・・もう1人が、猪の肉を持ってきたという。
それも、土鍋を背中に背負ってくるソツのなさ。

一同、先程の寒さなどどこへやら・・飲めや歌えのドンチャン騒ぎ。

辰つぁんの都々逸がとっ拍子もない蛮声で・・たちまち同心の耳に届く。

「ここを開けろッ・・番の者はおらんか!」

慌てて土瓶と鍋を隠したが・・全員酔いも醒めて、ビクビク。

「土瓶のようなものを隠したな?」
『風邪よけに煎じ薬をひとつ・・』

役人、にやりと笑って
「さようか・・ならば・・わしにも煎じ薬を一杯のませろ」


仕方なく・・そうっと茶碗を差し出すと・・ぐいっと飲み、
「ああ、よしよし・・ これはよい煎じ薬だな・・
  ところで、さっき鍋のようなものを・・」

『へえ、口直しに・・』
「ならば、その口直しを出せ」

  もう一杯もう一杯と・・酒も猪もきれいに片づけられてしまう。


『ええ・・まことに申し訳ありやせんが、煎じ薬はもうございません』

「無いとあらばしかたがない・・拙者ひと回りまわってくる・・
  二番を煎じておけ」

2014年03月13日

猫背と腰痛を治す

腰痛の改善


昨年十月下旬の寒い朝・・30分ほどパター
の練習をして帰ろうとしたら、 突然腰痛に
襲われ、左足が麻痺・・
うっ血して地に足がつかず、浮いたようにな
り、 歩けなくなってしまった。


金大でレントゲンを撮ったら、「脊椎狭窄症

と坐骨神経痛の合併症」と診断された・・

元々猫背の私・・姿勢の悪さに加え、高齢化で
背筋や腰椎の筋肉が衰え、腰痛を引き起こし

たのです。

診察の後、しびれ・痛みを和らげるビタミン剤
と、血行を促す薬が渡された。
治療は、まず猫背を直すこと・・運動して背筋
の筋肉を鍛えること・・この2点を実行するこ
とにした。



1157 【食と健康】 「猫背と腰痛を治す」


腰痛や肩こりの一因に、姿勢の悪さがある。
まず立ち方・・私は前と左に身体が傾き(自分では気づいていない)、
首を前につき出した歩き方(天皇陛下がそう)をしてバランスを崩し、
背骨に負担がかかっていたのです。

腰椎や椎間板、脊柱管が少しずつ変形・・坐骨神経痛に悩まされるようになったのが昨年の秋・・痛みを和らげようと、無意識に身体を傾げ、
足を引きづる歩き方をしていたのです。

坐骨神経痛の自覚症状が出始めた1か月後に、椎間板狭窄の症状が表れて、 歩けなくなってしまつ
た・・

[姿勢をリセットする]

自分では気づかない、悪い姿勢のブレと癖を知り、直す・・

<正しい姿勢とは・・>
・壁を背に立ち、後頭部と肩甲骨の後ろが、壁についているか確認する

・背中と壁の間に手の平がぎりぎり入るくらい、真っ直ぐ立つ

・カカトとお尻も壁にくっつける

・両手は太ももの横に真っ直ぐ下ろし、直立姿勢をとる


年齢とともに姿勢が悪くなり、立ちバランスが崩れてくる・・
足の裏から頭の頂点へ、上に引っ張り上げる意識で、息を吸ってお腹をへこませ、ヘソ下の丹田を意識して、関節や筋肉を重力に逆らわず、
リラックスして立つ。

日頃のチェックを怠らない

正しい姿勢を保つことは、想像していた以上にきつい・・
意識して背筋を伸ばし、頭を後ろに引かないと、正しい姿勢にならない。 ・日に何度か壁を背に直立し、正しい姿勢を体に覚え込ませる。
  意識して、正しい姿勢で歩くトレーニングをする。


・歩くとき、どちらかに傾いて歩いていないか?チェックを怠らない。

・立ちあがったとき・・ひざをゆるませ、肩の力を抜き、丹田を意識して、
腹式呼吸で、背筋をシャンと伸ばして歩く癖をつける。

デスクワークでの注意点

長時間パソコンに向い、デスクワークしていると、背もたれに寄りかかり、背中を丸め、首を前に突き出す座り方をするようになる。
首や腰骨に負担がかかり、腰痛やストレートネックに悩まされることになる。

・背筋を伸ばして、お尻の下の”坐骨”の左右どちらかに体重を乗せ、
  次いで、もう一方の坐骨に体重を乗せ・・バランスをとる。

・お腹と机の間を空けないようにして、上半身を左右前後に揺らし、
バランスのよい坐り位置を確かめ、坐骨の真ん中で坐る。

”気”を充実させる

姿勢は”気”が反映する・・元気がなく悩んでいる時は、下を向きがち・・

気分が良いときは、上を向き、胸を張って歩いている。

病は気から・・姿勢を正し、何ごとにも前向きで、明るく人に接するよう

心掛ける。

私の治療法

30歳の時、富山市内の信号待ちで、トラックに追突された。

10年後の40歳を過ぎる頃、ムチ打ち症に悩まされるようになった・・
その
症状”水泳”で背筋の筋肉を強化することで、完治した。
あれから30年・・再発していない。

趣味のスキューバダイビングは、ムチ打ち症治療のために、水泳を始めたのがきっかけです。
今回の腰痛も水泳で治すことにした・・背筋の筋肉、腹筋、足腰の筋肉、ひざ関節などを徹底的に鍛え直すことにした。


1キロ泳いで、100メートル水中ウォーキング・・ これを2回繰り返し、
週5日のペースで、4ケ月間プールに通った。
結果、全身の筋肉が強化され、腰痛も坐骨神経痛もすべて”完治”
好きなゴルフも復活した。

病気は、健康への警告です・・健康を維持するために、今やらなければならないことは何か? 病気が教えてくれるのです。

2014年03月17日

大東亜戦争が東南アジアにもたらしたもの

■英国/歴史学者・アーノルド・J・トインビー


『英国最強の戦艦二隻が、日本空軍によって

撃沈されたことは、特別にセンセーションを
巻き起こす出来事であった。
それはまた、永続的な重要性を持つ出来事
でもあった。

なぜならアヘン戦争以来、東南アジアにおけ

る英国の力は、アジアにおける西洋全体の

支配を象徴していたからだ。

この戦争で、日本はすべてのアジアの国民

に、西洋は無敵でないことを決定的に示した。
この戦争がアジアの人々の士気に及ぼした

影響は、1967年のベトナムで明らかである。



1158 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
~歴史から学ぶ~

「大東亜戦争が東南アジアにもたらしたもの」


■タイ/ククリット・プラモート元首相

『アジア諸国は、日本のお蔭ですべて独立した。
日本というお母さんは、  難産して母体を損なったが、生まれた子供たちはすくすく育っている。

今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい 
誰のお蔭であるか。
(真珠湾攻撃の)12月8日は、我々に重大な思想を示してくれたお母さんが、 一心を賭して重大な決意をされた日である。 
我々はこの日を忘れてはならない。

更に8月15日は、我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。

我々は、この二つの日を決して忘れてはならない 』


■インド/ラグ・クリシュナン元大統領
『インドは当時、イギリスの不沈艦を沈めるなどということは、想像もでき

なかった。それを我々と同じ東洋人である日本が、見事に撃沈した。

驚きもしたが、この快挙によって、東洋人でもやれるという気持ちになっ  た』

■インドネシア/モハマッド・ナチール元首相

『大東亜戦争は、本来なら私たちインドネシア人が独立のために戦うべ   き戦争だったのです。
もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちは植民地主義国と
戦ったでしょう。大東亜戦争はそういう戦いだったのです 』


■インドネシア/ブン・トモ 元情報宣伝相

『我々アジア・アフリカの有色民族は、西欧人に対して何度となく独立の 
戦いを試みたが、全部失敗した。インドネシアも、350年の間失敗の連
続だった。

それを日本軍は、米英蘭仏を我々の目前で徹底的に打ちのめしてくれ
た。
我々は白人の弱体と醜態ぶりを見て、アジアの民族が自信を持ち、
独立は近いと知った。
一度持った自信は強い。日本が敗北したとき・・「これからの独立は、

自力で遂行しなければならない。独力でやれば50年はかかる」と思っ
ていたが、以外に早く独立を勝ち取ることが出来た 』


■ミヤンマー/独立宣言

『約50年前ビルマは、三回にわたる対米戦争で、その独立を失えり。
英国はアジアに略奪的野望をもって、これらの戦争を遂行せり。

愛国者は挺身的精神をもって、鎮圧・入獄・拷問、しばしば死そのもの 
を甘受して、突進して来れり、これらの英雄は、ビルマ生存のための苦
難を受け、遂にはたおれたり。


ビルマ人はアジアを統合せしめ、アジアを救う指導者を待望しつつあり
しが、
遂にこれを日本国に発見せり。

ビルマ人は、このビルマへの最大の貢献国日本への感謝を、永久に 
記録せん
ことを希望するものなり 』

 

2014年03月20日

ロコモは恐い病気

昨年10月末、突然激しい腰痛に襲われ、

左足がしびれ、下半身がうっ血して、立つ

ことも歩くことも出来なくなった。


レントゲンを撮ったら「変形性腰椎症と坐骨

神経痛の合併症」と診断された・・
腰椎の”加齢変化”によって起こる疾患です。

11月のゴルフコンペ、お正月に予定してい

たスキューバーダイビング・沖縄ツアー、
すべてキャンセル。


翌日から治療に専念・・1日2キロ泳いで、

週に5日・・4カ月間筋トレに励んだ。
2月下旬全快・・ゴルフのラウンドを再開

した。


1159 【食と健康】 「ロコモは恐い病気」


最近「ロコモティブ症候群」という言葉を耳にする。
この症候群は「骨折」や「運動量の減少」が原因で筋肉が衰えてくる・・
それが障害となって、寝たきりや要介護が必要になる高齢者の病です。


現在、男性の平均寿命は80歳、健康寿命は71歳で「約9年間」・・
女性の平均寿命は86歳で、健康寿命は73歳で「約13年間」・・
人の手を要する”介護”が必要になる。

要介護の原因で、一番多いのが「運動機能障害」・・「腰痛・関節痛・転倒による骨折れ」が主な原因です。
ロコモの中で一番多いのが「変形性腰椎症」で3800万人、次いで「変形性ひざ関節症」が2500万人、「骨粗しょう症」が1700万人と推定されている。
困ったことに、この三つの病気を二つ以上持っている人が2500万人、三つ持っている人が540万人もいることです。
全国の推定患者数は約4700万人・・5人に2人・・まさに国民病です。


「変形性腰椎症」は、腰椎の加齢・衰えにより、腰椎が変化して、腰痛が起こる疾患です。

大方は、加齢で椎間板が老化し、変性と呼ばれる変化を来たし・・その結果、筋肉組織を含め、腰の局部に疼痛や、だるさの症状をもたらすのです。

朝起床時など、動き始めの時に腰痛が強く、動いているうちに痛みが和らいでくる。長時間同じ姿勢でパソコンに向かい、トイレに立った時などに腰が痛み、歩行困難になったりする。


痛みは坐骨にまで広がり、変形が進むと、身体が側方に曲がった状態で歩いたり、後ろに曲がったりして、長時間立ち続けることが困難になってくる。

こうした運動機能の病気は、痛みの症状がないまま進行し・・私のように、ある日突然重症となって表れてくる。
日頃運動の習慣がなく、偏った食事で、しかも肥満の人は、自覚がなく、いつの間にかロコモになって発症するのです。

ゴルフをいくらやっても、運動したことにはならない・・
毎日骨や筋力を強化する、何らかの全身運動が欠かせないのです。

寝たきりになって、家族に迷惑をかけたくなかったら、骨を強化し、筋力アップに努めることです。

私のお奨めは、プールで泳いで歩くこと。
「骨」は身体を支える支柱の役割をします。「筋肉」は関節や背骨を動かします。何れも身体を支えるだけでなく、運動時に関節や椎間板にかかるショックを、和らげます。

2014年03月23日

大東亜戦争に対する世界の論評

日本はアメリカの罠にかかって、
                                   大戦へ・・

[ルーズベルト大統領]

米国が欧州戦線に参戦するには、国民の支持

がいる。そのためには、どうしても日本に
戦争を仕掛けなければならない。


米国は、日本をいかに挑発すればよいかを
知っていた。原油の輸出を止め、中国の権益
をよこせと恫喝することで、日本はその罠に
まんまとはまっていった。


[フーバー大統領]

我々米国が日本を必要に挑発しなかったら、

日本から攻撃を受けるようなことは、決して

なかったであろう。



1160 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
~歴史から学ぶ~

「大東亜戦争に対する世界の論評」


韓国/韓日文化研究所・朴鉄柱(昭和42)
(当時の韓国・・戦前の日本の統治時代を懐かしむ親日派が多かった)

『大東亜戦争で日本は敗れたというが、負けたのはむしろ英国をはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。


彼らはこの戦争によって、植民地をすべて失ったではないか。

戦争に勝った負けたは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる。
日本は戦争に敗れて、戦争目的を達成した。

日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ「聖なる戦争」であった。
二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊と
して靖国神社に永遠に生きて、国民尊崇の対象となるのである 』


英国/歴史学者 H・G・ウェルズ

『この大戦において、日本人は日本のためというよりも、戦争によって
利益を得たアジアの国々のために、偉大な歴史を残したと言わねば
ならない。
大戦の結果、植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、
世界連邦の礎石になった』


台湾/蒋介石

『南京には大虐殺などありはしない。欽将軍も軍事報告の中で、
ちゃんとその
ことを記録しているはずです。私も当時、大虐殺などと
いう報告を耳にしたこと
はない。松井閣下は、冤罪で処刑されたのです』


マレーシア/マハティール 元首相

『日本に戦争責任を問うならば、それまで非人間的な支配と略奪を
続けた欧米
の責任はどうなるのか。我々アジア諸国は、日本が来た
ことで、植民地支配から
解放され、近代化がもたらされたのです』


マレーシア/シャフィー 元外務大臣

『特に私が惜しいと思うのは、日本くらいアジアのために尽くした国は
ないのに、
日本の政治家は、それを否定するのです。

私が日本の政治家だったら・・「当時のアジアのほとんどは、欧米列強の植民地になっていた。日本軍はその欧米人を追い払った。


その日本軍に、敵国の軍隊やゲリラが歯向かってきたら、治安のために戦うの
は当然ではないか。日本を批判する前に、諸君らは百数十年にわたって、我が民族がどんなひどい仕打ちを受けて来たか・・忘れたのか。

日本軍が進駐した時に、あんなに歓迎して迎えておきながら、
負けたら自分の
ことはさておき、責任を日本にかぶせようとする。
そんなアジア人のことなかれ
主義が、欧米の植民地から脱却できな
かった原因ではないのか・・』

2014年03月24日

老化を早める関節の痛み

過去の「つらい体験」がもたらすもの

カナダの大学が、成人1万5千人を対象に、

離婚や身内の死など、自身の不幸な経験に
ついて調査した。
その結果、過去に「つらい体験」をした人は、
現在のつらい状況を率直に受け止め、
今を 楽しく生きる能力が、何不自由なく生き
てき た人よりも高まっている、との研究結果
を発 表した。
過去に「つらい体験」をした人は、 現在つらい
状況にあっても、その中から小さな幸せを
見つけ出すことが上手です。

一方、何不自由なく生きてきた人は、
不幸な
出来事のせいで、ポジティブな状況に
あって
も、喜びを見出せずにいる・・。
 
1161 【食と健康】
「老化を早める関節の痛み」

年齢とともに、体力の衰えは関節に表れてくる。
わずかな段差につまずいて転んだり、今まで楽に上れた階段で立ち止まったり・・
健康な人は、立つ・座る・歩く・走ることに・・関節が大きな役割をしているという意識はない。
ところが、腰痛、首や肩の痛み、ひざ痛などの病に悩まされるようになると、関節の働きの重要性に気づくのです。
 
痛みを経験した人であればよく分かりますが、関節痛は辛いものです。
痛みがあると、わずかな動作も不自由になり、顔をしかめ、痛みをこらえなければならなくなります・・今まで何でもなかった歩行が、困難になってくるのです。
ゴルフも旅行も無理・・何をしようにも思うように動けず・・イライラがつのってくる。「関節のトラブル」を抱えると、運動不足から、身体の老化が一気に早まるから・・怖い!
行動範囲が狭まり、家にこもりがちになる・・益々足腰が弱まり、筋肉が衰え、運動神経が鈍くなってくる。

徐々に立つ、座る、歩くといった”当り前”の動作が出来なくなってくる。
更に衰えが進むと、活発な活動エネルギーが失われ、「寝たきり」になってしまう・・関節の衰えから老化が始まるのです。
 
こうした関節の老化は、30歳を過ぎる頃から、徐々に自覚するようになる。職業病に関節の病が多いように、仕事での悪い姿勢に加え、メタボなど悪い生活習慣の積み重ねが発症の原因になります。

日頃から、関節をスムーズに正しく動かすケアに、心がけなければなりません。
関節痛のない生活は身心ともに軽快です・・何歳になってもスポーツに旅行と、健康は人生を楽しませてくれます。

2014年03月26日

外交は嘘から始まる

戦争はどうやって始まるか・・

第一次大戦の残虐性を記録し、ナチズムの

危険性をいち早く告発した、オーストリアの

作家カール・クラウスは言った・・

「戦争はどうやって始まるか・・外交官らが
記者たちに嘘をつき、活字になった嘘を、
みんなが信じ込むことからだ」
************************************

南京大虐殺、慰安婦問題・・中国と韓国は

何れも、必要以上に事実をねじ曲げ、

大げさに報道し、それを信じ込んだ人たちが

日本嫌いになった。



1162 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
~歴史から学ぶ~ 「外交は嘘から始まる」

人生には嘘はつきものだ・・
最大の嘘とは「私は嘘をついたことがない」と言い切ったときだろう。
虚々実々の駆け引きを常とする、政治や外交となればなおさらのことだ。

17世紀英国の外交官ウォットン卿は言った。
「大使というものは、祖国の利益のために、嘘をつくために外国に派遣される正直な男である」

プーチン大統領が”正直な男”であるかどうかはともかく、大国ロシアの威信と権益を守るためなら、嘘もいとわぬのは間違いない。


ウクライナ南部のクリミア半島に突然現れて、あっという間に重要拠点を制圧し
た「正体不明の武装集団」は、だれがとう見てもロシア軍だろう。

しかし、プーチン氏は記者会見できっぱり否定した・・「あれは地元の自警団だ」
記者たちが「あの人たちが着ている軍服は、ロシア軍のものに酷似している・・ロシア兵ではないか?」と食い下がっても・・
平然と「似たような軍服は、いくらでもある・・あんなものは、どこででも買えるだろう」

嘘のオリンピックがあれば、間違いなく金メダルだろう。

                                                                     3/7 中日春秋
***************************************************************

安倍内閣は、集団的自衛権行使容認へ、憲法解釈の変更を目指しているが・・その是非は?
尖閣諸島に、中国の民間人が多数、不法上陸するような暴挙に出たら・・中国軍の艦船は、自国民の安全を守るためと、島を取り囲み、
ロシアがクリミアを占拠したように、日本の警告を無視し、居座ることだろう。

その時、日本の対応は? 局地戦覚悟で強制排除出来るならいいが・・
中国のこけおどしに、憲法に縛られた日本政府は腰砕けになり、動けないだろう。

「話し合いで解決しよう」と何度呼びかけても、竹島同様「本来中国の領土である」と無視される。
頼みの
アメリカ・・同盟国日本に代わって、中国の暴挙を、武力排除できるだろうか?  米国議会は自国の国益を優先し、日米安保より、中国の肩を持つことになるかも・・


今回のクリミア事件・・自分の国は、自ら命を張って守っていかねばならないことを示唆している・・

2014年03月30日

釈迦の教え/中道

釈迦の出家


釈迦は出家した後、すぐさま1人森に入って、
樹の下で打坐をして、仏陀になった分けでは

ない。

出家後、釈迦がまず試みたのは、都会に出て

高名な師を探し、その指導を受けて、宗教的

探究の方法を学ぶことだった。


本人の望みが叶い、教えの究極を極めたが、

満足できなかった。

次に六年間過酷な苦行に励んだが、身心を
極度に消耗するのみで、これも放棄した。


釈迦はふと、幼いころ自発的に樹の下に坐っ
たことを思い出し、「これこそが覚りへの道に
違いない」と確信した。

体力・気力を整え、近くの河で沐浴して身を

清め、大樹の下に坐った・・

これが「樹下の打坐」である。


樹下に打坐した釈迦・・何か目的・方法が

あって、それを試みたわけではなかった。

手引書も指導者もいない・・いわば、まったく

”お手上げ”の状態での、素手の座り込みだ

ったのです。
        藤田一照・曹洞宗国際センター所長



1163 【心と体の健康】
~幸せな人生~ 「釈迦の教え/中道」


私たちは、人生いろいろな場面で提示された”選択視”から、いずれか一方の道を選んで人生を歩み、今日に至っている。

例えば社会に目を向けると、憲法・原発・死刑存廃・米軍基地など、数え上げればきりがない大切な課題について、二者択一的発想で、「あなたはどっち?」と選択を求められる。


どちらか一方の側に立ってもう一方を批判し、否定したなら・・
どこまでいっても相いれず、平行線になってしまうだろう。

両者の言い分をよく聴きわけ、その上で自分はどう考えるのか?
どの方向に進めば良いのか・・よく見極めてから行動することです。


釈迦は王族の生まれ・・豊かな環境にありながら、それを棄てて出家し、過酷な苦行の道を選ばれた。 苦行の末悟りを得て、どちらの考えでもない”中道”への進み方を選び取られたのです。

悟りを開いた後、釈迦は「中道」「縁起」「四聖諦(ししょうたい)」「八正道(はっしょうどう)」の四つの真理を説いて、インドを説法して歩いた。


[中 道]
何事も両極端はよくない・・ほどほどがよい。

[縁 起]
水がこの世になかったら雨は降らない。
親がいなければ  子は生まれない。
物事には必ず”因”があって、それがあるところに必ず ”果”がある。
あるものに対して、他の何かがいろいろな 形で縁となって働きかけをし、その結果に何かが生まれ起こることを「縁起」という。


[四聖諦]
・苦諦( く た い) ・・現世は”苦”あると見極めること

・集諦(じったい) ・・”苦”は、欲望と執着から生ずることを見極めよ
・滅諦(めったい)・・”苦”の原因、欲望と執着を捨て去り、 滅っすること

・道諦(どうたい) ・・それを導く具体的手段「八正道」を日々実践する


[八正道]
・正 見 ・・正しく真実の姿を見据える
・正 思 ・・正しく本当のところを考える
・正 語 ・・正しい言葉で正しく語る

・正 業 ・・正しい行いをする

・正 命 ・・正しい生活をする

・正精進 ・・身心を整え、健康に留意し、正しい努力を怠らない 
・正 念 ・・正しい信念で、希望に燃える

・正 定 ・・以上のことを常に正しく守れるよう、身心を落ち着ける

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