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釈迦の教え「四門出遊」

おしゃかになる

四月八日はお釈迦様の誕生日。様々な草花

で飾った花御堂を作って、その中に濯仏桶を

置き、甘茶を満たす。 誕生仏の像をその中央

に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝う。


ところで、失敗して物をダメにすることを
「おしゃかになる」というが、その由来は?


『江戸時代の鍛冶屋で・・金物をあぶり過ぎて
鈍(なま)って駄目に してしまったことを、
江戸っ子訛りで・・
しがつよかった(火が強かった)」→
四月八日だ」→「釈迦の誕生日だ」→
おしゃかになる」と・・』

江戸庶民のしゃれっ気から生まれた言葉です。

1169 【心と体の健康】
~釈迦の教え~ 「四門出遊」


釈迦族の王子として何不自由なく暮らしていた若者が、 妻子、両親、

地位、財産、何もかも捨てて出家したのは何故か?

説話「四門出遊」は、釈尊が出家した動機を語っている。


釈迦族の王子に生まれた釈迦は、生後直ぐ母親を亡くして、 物に感じやすい、考え込みがちな少年でした。

ある年、年中行事の「働き入れ」の式が行われた。

大子は、父王に連れ添って行事を見ていると・・鋤で掘り起こされて地表に出た虫を、小鳥が舞い降りてきて食べている。
次々食べられる虫・・釈迦はいたたまれなくなり思った・・

「一方が生きるために、一方が犠牲になって殺される・・ 何とむごたらしいことか・・生きるというこは”苦”だ」と。


物思いに耽っている大子を案じた父王は、気晴らしになるならと、 郊外へ連れ出した。
お城の東門を出たとき、見るに耐えないヨボヨボの老人に遭遇した。

「あれは何者か?」と、お供の者に尋ねた。
『老人でございます・・人はすべて生身・・”老いの苦しみ”を免れることはできません』

太子は考え込み、遊びに行く気力が失せて、城へ引き返した。

それからしばらくして、また出かけることになり、今度は南門から外出した。すると、道端に倒れている病人に遭遇した。


「あれは何者か?」とお供の者に尋ねた。
『病人でございます・・人はすべて生身・・”病の苦しみ”を免れることはできません』

太子は考え込み、遊びに行く気力が失せて、城へ引き返した。それからしばらくして、また出かけることになり、3度目は西門から外出した。

すると、遺体を囲んだお葬式の列に遭遇した。


「あれは何者か?」と、お供の者に尋ねられた。
『死人でございます・・人はすべて生身・・”死の苦しみ”を免れることはできません』

太子は考え込み、遊びに行く気力が失せて、城へ引き返した。
生きていれば「老・病・死」の三苦は避けられないのに・・誰もそのことを自覚することなく、無為に日々を過ごしているではないか。


四度目は、北門から外出した、すると修業僧に出合った・・
落ち着いた穏やかな足取りで歩く姿に打たれ、修業僧に尋ねた。
「あなたはどうしてこんなに優雅で尊いのか?」


『沙門でございます・・私は修業中の身です・・私も過っては、あなたさま同様、老・病・死の人生の苦しみに悩まされました。そこから逃れるには、苦行を重ねる以外に方法はないのです』と・・自らの体験を語った。


出産したばかりの妃と、孫を得て喜ぶ父王、そしていずれは王になる

跡継ぎの座・・そのすべてを放棄して、出家することを決意したのです。

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