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2017年05月 アーカイブ

2017年05月04日

老い・・あなたの実年齢は?

■ボケたのはどっち?

妻と買い物に出かけたときのこと。
妻は店へ、私は車で待つことに。
妻が戻らないので、店に聞くと、
「もう帰りました」

自宅に電話すると妻はひと言・・
「あなた! 今どこにいるの?」



1495 【心と体の健康】
「老い・・あなたの実年齢は?」

還暦を迎える年齢になると、白髪が目立ち、体力の衰え
が気になります。女性は肌のたるみやシワが気になり、
歳をとるのが嫌になったり、老いていくことへの不安を
感じるようになります。

久しぶりの同窓会・・同年なのに、エネルギーに溢れ、
10歳若く見える人がいれば、逆に病でもしたのではと
老け込んだ人もいます。

今の自分は年齢相応だと思っている人。年齢よりは
ずっと若いと思っている人。老け込んだと思っている人。
老いは、年齢に比例して進み、衰えていくものではなさ
そうです。

自分が今感じている年齢・・70を過ぎても、体力・知
力の衰えを感じず、50代半ばと思っている人の実年齢
は50代なのです・・老いは、自分の心の中にある!

還暦を迎えたとき「60になった。残る人生はわずか」
と思ったグループと、「60歳、人生これから」と思っ
たグループとでは、ポジティブの人方が10年長生きし
たとの研究データーがあります。

仕事であれ、余暇の過ごし方であれ、20年前も今も
変わりなく、加えて、仕事の責任やストレスから解放さ
れ、老いの日々を楽しんでいる人・・今の私がそうです。

2017年05月07日

運動器症候群・ロコモ

■健康寿命/都道府県上位
                    ( 男 )                  ( 女 )
1位  山梨県  72,52    山梨県 75,78

2位  沖縄県  72,14    静岡県 75,61

3位  静岡県  72,13   秋田県 75,43

4位  石川県  72,02    宮崎県 75,37

山梨、静岡両県は、年間の日照時間が長く、ワインの
消費量が多いが、長寿に影響しているのでしょうか?



1496 【心と体の健康】
「運動器症候群・ロコモ」

「健康寿命」という言葉を最近よく耳にします。
これは、日常人の介護を必要としない、自立した生活が
できる平均年齢のことで、男性は71.19歳、女性は
74.21歳です。
平均寿命まで男性は約9年間、女性は約13年間介護が
必要になり、人の世話を受けなければ生活できません。

一人で自立した生活ができなくなる「要支援・要介護」
が必要となる原因は・・
・1位「運動器の障害25%」
・2位「脳血管疾患19%」
・3位「認知症 16%」  
・4位「高齢による衰弱13%」

介護を要する原因のトップは、ロコモによるもので、
脳卒中や認知症などよりも多い。 

■「ロコモ度」チェック
○ 片脚立ちで靴下をはけない
○ つまずいたり滑ったりする
○ 青信号で横断歩道を渡りきれない
○ 階段を上がるとき、手すりが必要
○ 15分以上休まずに歩けない
○ 2キロ程度の買い物を持ち帰るのが困難
○ 布団の上げ下げなど、重い仕事が困難
○ 何かにつかまらないと立ち上がれない

誰もが最後まで健康で、ぽっくり死にたいと思っている。
その大敵となるのが、体を自由に動かす機能・・
骨、関節、筋肉が衰えるロコモで、「立つ・歩く」
といった機能が低下してしまう状態をいいます。

主な症状は、関節の軟骨や椎間板の変形、筋力や
神経活動の低下、骨粗しょうなど・・
痛み・変形・関節の動きの制限・筋力低下・バランス
能力の低下などにより、歩行が困難になってくる。

日本人の平均寿命が急激に伸びたことにより、
50歳を過ぎた頃から体のあちこちにガタがきて、
それが運動器に表れ、歩けなくなってくる。

現在、ロコモ対象者は何と4700万人・・
中高年にとって「メタボ」の次に気をつけなければなら
ないのが「ロコモ」です。

年をとるに従い足腰が弱まってくる。ゴルフを趣味に
するなど、自分の足で歩き続ける努力をすることが、
足腰を丈夫で長持ちさせるのです。

                               東京大学名誉教授/中村耕三

私はもうすぐ76歳。
一番の趣味はスキューバーダイビング。スキー同様、
足腰が衰えたらそれまで・・ 毎日運動し
ている。
ゴルフの練習で運動機能の衰えを予防し、
サイクリング、ウオーキングは週に1度のペース。
水泳は一度に2キロ泳ぎます。

2017年05月10日

好きな仕事がしたい

■最も苦手な仕事を選択した私

私は17歳のとき結核を患い、隔離病棟
での療養生活が長く続いた。
大学も就職もあきらめ、青春のない日々。
28歳の時ようやく社会に復帰した。

社会に出遅れた劣等感から、対人恐怖
症(赤面症)になった。
このままみじめに人生を終わりたくない。
そこで、最も苦手で敬遠したいセールス
の世界に飛び込んだ・・

その後対人恐怖症が癒え、管理職に
登用された。営業が苦手だからと逃げて
いたら、人生負け組になっていたでしょう。



1497 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生 「好きな仕事がしたい」

取引先のメーカーの話では、入社直後に新入社員の2割
が、3年後には3割が辞めていくという。
中小企業ならなお更だろう。
以下、新潮新書・百田尚樹著「大放言」からの抜粋です。

なぜ辞めるのかと聞くと、「自分がやりたかった仕事で
はなかった」「やりたい仕事をさせてもらえなかった」
「自分にはもっとやりたいことがある」と答えている。

更に突っ込んで聞くと、やりたいことが見つかったから
辞めるのではなく、これから探すのだという・・

最近の若者は仕事を「好きか、嫌いか」で決める傾向が
ある・・何と贅沢な考え方だろう。
仕事は生活の糧であって、好き嫌いでやるものではない。

今の時代、自分の好きなことを仕事にしている人は
100人に1人いるかいないかだろう。
仕事は生活のため、家族を養うためのものである。
「好き嫌い」で選ぶなら、それは仕事ではなく趣味であ
る。
皆が皆、自分の好きな仕事しかしなかったら、世の中は
動かなくなるだろう・・
好きなスポーツをして、好きな絵を描いて、それで暮ら
していけるならいいが、危険な仕事や、皆が敬遠する
仕事をする者がいなくなってしまう。

両親をはじめ、ほとんどの働き手は、希望しない仕事で
あっても、社会の役に立ち、人々のためになる仕事と、
生き甲斐、働き甲斐を求めて懸命に働いているのです。

好きなことを仕事にしているのは、プロ野球選手や歌手
、作家など一握りの特殊な才能に恵まれた人たちで、
才能のカケラもない私のような凡人は、よほどの運に
恵まれない限り、叶わぬ夢なのです。

ゴルフ、カラオケ、麻雀など、好きなことをしたかった
ら、趣味にして、金を払って楽しめばよい。
間違えても、好きなことを稼業にしないことです・・
楽しくなくなるから。

私の学友・・世界を旅できると、大手の旅行代理店に就
職。定年までの40年間、正月もお盆も、連休も添乗員
の仕事で、家族と人並に旅行を楽しむ余裕はなかった。

奥様は、夫の定年後、夫婦旅行を楽しみにしていたが、
旅に飽きた御主人、一泊の小旅行に2、3度行ったきり
、どこへも行きたがらず、家に籠っている。

仕事と人生

2017年05月12日

仕事と人生

■達成感のある仕事

世の中に役に立たない仕事など一つもない。
どんな仕事であれ、それは社会に必要であり、
無くてはならないし、無いと困るのです。

囚人に与える最もきつく辛い仕事は、
穴を掘らせて埋め戻す仕事だという。

この作業を毎日延々と続けさせると、
どんなに精神的に強い囚人でも、心が折れ、
やがては肉体も崩壊するという。

逆に、どんなに過酷な労働でも、それが
何かの役に立ち、達成感のある仕事なら、
耐えることができるのです。



1498 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生 「仕事と人生」

私の父は、昭和12年の支那事変で召集された。
しばらくして病気になり、本国に送還され入院。
回復後、出征前に勤めていた会社が戦時閉鎖され、
働き場を失った。
戦時中で働き口は皆無・・そこで「商い」で生計を立て
ることにしたが、何が自分に向いていて、何をすれば
家族を養っていけるか? さっぱり分からなかった。

保険の外交員も考えたが、営業は苦手だし、親戚を勧誘
するのは嫌だった。
隣町に、ローブや縄を商う問屋があった。
段ボールやガムテープなど、まだなかった時代です。
どの家庭も縄や紐は必需品と、「紐屋」を始めた。

細々と商っているうちに終戦。
戦後引揚者が増え、赤玉布団袋や女性の手提げ袋などを
店先に並べて売った。世の中が落ち着くと、学生鞄や
ランドセル、セールス鞄などを商う「鞄店」が父の稼業
になった。
当時、私は結核を患っていた。病気が快方に向かい、
家でぶらぶらしている私に、父は金沢の繁華街にハンド
バックと小物の店を持たせてくれた。

父は本店を、支店は私に任せ、一切口出ししなかった。
昭和40~50年は小売業の全盛期・・飛ぶように商品
が売れた時代です。
商いの経験なしに店を任された私ですが、店は儲かった。

療養しながら、仕入れ、販促・販売、在庫管理、店員の
育成。簿記3級を取得し、帳付け、月次損益作成など、
経営に必要なマネージメントを身に付けていった。

将来一本立ちするには、更に大きな仕事をして経営を
学び
、自らを成長させなければ・・と、順調だった店を
たたみ、学生時代目指していた建築の世界、積水ハウス
に就職した。
入社3か月、自営経験が買われたのか? 富山営業所
初代所長の辞令を受け、赴任した。
出遅れた人生を取り戻す、絶好の機会を得たのです・・
塞翁が馬です。

2017年05月16日

父が残した商人の心得

■ 20年後
20代で汗をながさなけれ  
40代で涙を流す。

30代で知恵を出さなければ
50代で部下がいなくなる。

40代で人脈がなければ
60代で仕事がなくなる。

50代で人望がなければ
70代で孤独になる。

60代で希望がなければ
80代で後悔する。

70代で夢があれば
90代で歴史に残る。



1499 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「父が残した商人の心得」

私は三男。家業は長男が継ぐことになっていたため、
父から商いを教わることはなかった。
それでも父が折に触れ話していたことが、いつの間にか
私の潜在意識の中で、人生の指針になっていた。

■その一「一本の箸
商人の大敵は贅沢・・贅沢は慎まなければならない。
箸の一本くらいはいいだろうと、輪島塗にしたら、
お茶碗も箸にふさわしいものが欲しくなる。

お茶碗が良くなれば、食事も贅沢になる。
贅沢に慣れると、イザという時、質素な暮らしに戻れ
なくなり、店は潰れてしまう。

後にこの例えは、古代中国、殷(イン)の紂王
(チュウオウ)の逸話であることを知った。

紂王が象牙の箸をあつらえたとき、叔父の箕子(キシ)
は嘆息した。
次は、箸に似合う玉(美しい石)の器を欲しがるだろう。
更に、器に似合う山海の珍味、そして、食卓に似合う
豪華な衣装を・・
ついには、衣装に似合う宮殿を欲しがるだろう・・
箕子の憂いは現実となり、王の放逸と暴虐の末に、
殷は滅びた。

■二つ「箱根山、駕籠に乗る人、その駕籠かつぐ人、
                                     
その又草履をになう人
人には分相応というものがある。故に、分相応な暮らし
方をしなければならない。
駕籠に乗る人がいれば、その駕篭をかつぐ人がいる。
その駕篭かきも、草履をになう人がいなければ、かつぐ
ことができない。
職業に貴賎はない。その仕事が世の中に必要で役に立つ
のであれば、自らの仕事を天職と心得、励まなければ
ならない・・

■三つ「入りに見合う出
商人は、常に質素倹約に努めなければならない。
収入に見合ったお金の使い方をしていれば、
商いで失敗することはない。

■四つ「儲けは牛のよだれ

”儲け”は、牛のよだれのようなものだ。
商いで稼いだお金を粗末にしてはならない。

牛は食べたものを、出してはもぐもぐ噛み、また飲み込
んでは出して磨り潰し、ようやく胃の中に納める。
その時、牛の口からポタリと落ちる一滴のよだれ・・
それが、商いにおける儲けというものだ。

■五つ「いいとこ十年
過去を振り返ると、どんな商いも「良かった時は十年
くらい」のものだろう。
戦後、石炭、繊維、家電、鉄工、自動車、銀行・証券、
大型量販店、情報・通信と、その時代をリードする産業
は、目まぐるしく入れ替わった。

事業が時代の波に乗り、右肩上がりに成長している時で
も浮かれることなく、しっかり土台を固めなければな

ない。
この、父が残したこの5つの言葉から、父親の時代の
実直で堅実な商いを旨とする、商人の心構えが伝わって
くる
のです。

2017年05月19日

宮本武蔵/五輪書

■「朝鍛夕錬」
「 千日の稽古をもって  ”鍛”と為し、
     万日の稽古をもって  ”錬”と成す 」

事を成すにはまず千日・・
3年は鍛えないと使い物にならない。 
その後万日・・
30年修業を続けてようやく事は成る。
武芸の道を極めるなら、ひたすら稽古ある
のみ。
この道を極めれば武芸の達人です。
武芸で大切なことは「勝つための道理」です。

道理を求めるには、剣術だけでは足りません・・
剣術をいくら極めても、道理を求めることは
できません。 中身の伴わない武芸は
「生兵法はケガのもと」 になってしまいます。 
                          
                                     宮本武蔵/五輪書



1500 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「宮本武蔵/五輪書」

宮本武蔵、1640年熊本城主細川忠利の客分として
破格の待遇で招かれ、「五輪の書」を執筆した。

剣豪として世に知られた武蔵が、自らの生涯を集大成
する「五輪書」、後世まで平和な世を守るための武士の
”心得”を記述した。

序 文
宮本武蔵は江戸初期の剣術家で兵法家。
二刀を用いる「二天一流兵法」の祖です。

13歳の時、有馬喜兵衛と決闘して勝利。
以来29歳までに60数回勝負を行い、すべてに勝利
している。
30歳になり、それまでの自分を振返って・・思った。
これまでの戦いですべてに勝てたのは、決して自分の
武芸が優れていたからではない・・

天性の”感”が働いてたまたま勝てたのか、相手が力
不足だったのか・・
その後も稽古に励んだ・・武芸の道を悟るようになった
のは、50歳の晩年になってからです。 

2017年05月23日

宮本武蔵/五輪書・二刀流

■兵法の利を知る

鉄砲の名人のことを何と言うでしょう?
”鉄砲撃ち”と言います。
槍の名人は ”槍使い”と言います。
すると、刀の名人は”刀使い”と言うことに
なります。
でも実際は刀の名人のことを「兵法家」と
言います。そう考えると、刀を使う者はどう
も特別のようです。

ところで、世の中には様々な道があります。
儒学・仏法・茶道・・これらは兵法の道とは
異なります。
何れの道であれ、その道を深く磨きぬくなら
その他の様々な道にも生かせるようになる
のです。



1501 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「宮本武蔵/五輪書・二刀流」

五輪書は「地・水・火・風・空」の五巻にまとめられて
いる。
地の巻

この巻では、二天流からみた武芸の道について書かれて
いる。剣術を一通りやり遂げた程度では、武芸の極意を
マスターすることは難しい。

大切なことは、大きいことから小さいことを知ること、
浅いところから深いところに至ることです。
初めの心構えが大事なのです。
「地の巻」という呼び方には、武芸の道に励むための
”地ならし”の意味が込められている。

二刀流という流派
武士はいつも刀を二本身に付けている。
「せっかく2本あるのだから・・2本とも使おう」
というのが我が流派・・

そこで、我が流派を「二刀流」と名付けた。
有るものは使う・・使わないともったいない。
命をかけて戦うときは、身に付けた道具を残さず
役立てることだ。

二刀流だからといって、必ずしも二本を両手に持って
戦うわけではない。
二刀流の真意は、2本を同時に持つことではなく、
1本の刀を片手で扱えるようにすることです。

右手に1本、左手に1本持って練習すると、片手で刀を
扱えるようになります・・ そのための二刀流なのです。
刀は両手で握って構えるという常識があります・・
そんなこだわりに囚われず、片手で持てばいいのです。

例えば、馬に乗っているとき、走っているとき・・
足場の悪い沼地で戦っているとき・・
どれも、片手で刀を持って戦った方が動きやすい。

刀は両手で握るという常識にとらわれず、時には片手で
持つ・・その方が理にかなっているのです。

それに、刀は速く振ればいいというものではない・・
刀の長さも、長ければいいというものではない・・
長い刀でも、短い刀でも勝つ!それが我が流派です。

             
   あーりー/「宮本武蔵」ゆる~い現代語訳より

2017年05月26日

宮本武蔵/地の巻・武芸の道

■五輪書/地の巻
~達人になるために大切なこと~

一. 邪悪な心を持たない
二. 道に励め
三. 幅広く、いろいろな芸に触れる

四. 様々な職業を知る
五. ものごとの損得をわきまえる
六. ものを見る目を養う

七. 見えないところも感じるようになる
八. 小さなことをおろそかにしない
九. 目指す道からそれて、あれこれと
        手を出さない

経営者の心得として見ると、大切なことばかりです。
中でも9番目は、本業から目をそらし、儲かるからと
あれこれ手を出す経営者への苦言になる。



1502 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「宮本武蔵/地の巻・武芸の道」

武芸の道を大工に例えると

世の中には「士農工商」の4つの道があります・・
「工」には大工の道があります・・この大工の道は武芸
にも通じる。
大将は、大工の頭領のごとく、天下の道理をわきまえ、
その国の道理を正し、その家の道理を知ることが、
その道である。

大工の頭領は、堂塔伽藍の設計を頭の中に入れ、
宮殿楼閣の図面を把握し、職人たちを使って建物を建て
る。大工の頭領も、武家の頭領も同じである。
(もちろん経営者も・・)

建物を建てるには”木くばり”をする・・
真っすぐで節もなく、見目もよい材木を”表の柱”とし、
少し節があっても真っすぐで、強い材木を”裏の柱”と
する。
たとえ少し弱くても、節がなく外見の美しい材木は、
敷居・鴨居・戸・障子などに使い、節があって少々
ゆがんでいるが、強い木なら、家の要所要所を見分け、
十分に吟味して生かして使えば、その建物は丈夫で
長持ちする。
また節が多く、ゆがんでいて弱い材木は、足場にでも
使い、あとで薪にすればよいのである。

頭領が大工を使うときには、彼ら1人ひとりの腕前の
上手下手を知り、ある者は床回り、ある者は戸・障子、
ある者は敷居・鴨居・天井など・・それぞれの能力に
応じた仕事を与え・・

腕の悪い者には、床板の下に張る根太を担当させ、
もっと出来ない者には、くさびを削らせるなどすれば
よい。
このように、人を見分けて使えば、能率も上がって、
手際よくいくものである。

つまるところ「仕事が早いこと」 「手際がよいこと」
「物事をいいかげんにしないこと」 「励ますこと」
「やる気の有りなしを見極めること」
「使いどころを知ること」 「限度を知ること」

こうしたことが、頭領の心得るべきことであり、
兵法の道理も、経営もまた同じである。 

                      
あーりー/「宮本武蔵」ゆる~い現代語訳

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