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2020年08月 アーカイブ

2020年08月01日

台湾の李登輝・元総統逝く


1836 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「台湾の李登輝・元総統逝く」

7月30日、台湾の民主化と台湾化を追及し続けた李登輝
(リトウキ)元総統が死去した。

2007年5月、「奥の細道」ゆかりの地を巡るため訪日した
李登輝氏。
「 日本人は自然に調和する心、高い精神性を持つまれな
   民族だ。日本人に生まれたことを自慢に思いなさい 」

「 私は22歳まで日本人だった 」が口癖だった李氏は、 
日本統治下の台湾に生まれ、京都大学に学んだ。
日本名は”岩里政男”

農業経済を研究する一方、「古事記」「源氏物語」などの
日本の古典、世界の文学作品、西田幾多郎鈴木大拙
マルクス、エンゲルスらの哲学・思想にも触れた。

戦後台湾に戻ったが、人口の8割を占める李氏ら台湾人は、
大陸から逃れてきた国民党政権による統治を受けた。
台湾に生まれながら、台湾のために何も出来ないことを
悲哀したが、それを民主化の原動力に変えた。

 p1

1988年から12年間台湾総統に・・在任中強力に推し進
めた民主化により、96年国民による総統の直接選挙を実現。
李氏はその選挙に勝ち、自ら台湾初の”民選総統”になった。

李氏は後に「 一滴の血を流すことなく、6度の憲法改正を
経て”静かな革命”を成就させた 」と回想している。

「 新渡戸稲造の『武士道』が、自分や台湾が危機に直面した
   時、常に新たな認識を与えてくれ、私を公のために尽くす
   人間に育てあげてくれた。
   22歳まで日本人として培った素養で民主化を実現した 」

中国は、台湾独立派の李氏を激しく非難し続けたが、
決して揺るがなかった。
「 民主主義と自由は、人類の文明にとって最も重要な価値
   観であり、平和と安定、繁栄と進歩をもたらす基盤だ。
   中国は、富と軍事力による、かりそめの繁栄をけん伝して
    いる 」
日本人として生まれ、台湾人として生きた李氏は、自ら台湾
に根付かせた「民主・自由」こそが世界共通の価値観であり、
中国をも変えうる・・
と信じていた。

                                                         7/31読売新聞からの抜粋

2020年08月04日

運命は変えられるか(2)

■安岡正篤

安岡正篤は戦後、政財界のリーダーから
師と仰がれ、精神的支柱となった陽明学者・
哲学者・思想家です。
その教えは人間学を中心に、日本の進む
べき方向を示した。


1837 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
幸せな人生 「運命は変えられるか(2)」

誰もがその気になれば、人生を変えることが出来る。
念じた想いを本気で毎日、毎日やり続けることだ!
と保岡正篤は説いている。

善きことをやり続けていれば、人生が変わり、運命が
変わるのです。
反して、人に迷惑をかけ、自分一人が幸せになる生き方を
するなら、宇宙の摂理に逆らい、うまくいくはずがない。
それどころか、大きな災難に合うだろう・・

逆境に耐え、日々努力を怠らず、明るい未来を信じて
生きる
なら、人生は開けてくるのです。

「人もうらやむ幸運に恵まれ、成功を手にした・・」
これは自分が優れていたからではない。時代の後押しと、
妻や周りの暖かい援助と、謙虚に努力を積み重ねたから
なので す。

全てが思い通りに順調な時、自分の才覚によるものと錯覚
し、傲慢になり、更に欲望がつのって、人の意見に耳を
貸さなくなったとき・・
運に見放され、手にしたはずの全てを、失うことになるの
です。
神様から与えられた”幸運”を、多くの人に分け与え、
優しく思いやりの心で接するなら、更に幸運に恵まれ、
明るい未来が開けるのです。

2020年08月08日

新型コロナウイルス感染者の証言

■うがい薬

5日午後のTV報道で、ポピドンヨードを
有効成分とするうがい薬が、新型コロナ
に対する抗ウイルス効果があり、
海外の試験で99%効果が認められたと、
お茶の間に流れてきた。

直ぐにキリン堂に行ったが、売り切れ!
アオキも売り切れで買えませんでした。



1838 【吉村外喜雄のなんだかんだ】

「新型コロナウイルス感染者の証言」

新型コロナウイルスに感染者した女性の証言です。
女性が発症したのは4月上旬。感染対策は意識していた。

発症したときはまだ緊急事態宣言が出されていなく、連日
安倍首相や小池都知事の「3密を避けてください」との報道
が流れ、週末の外出自粛呼びかけもあって、かなり緊張感
が高まっていたと思います。

手洗い、うがい、帰ってきたら直ぐにお風呂に入って、
ウイルスを落とそうと、対策は十分とっていたと思います。

発症する十日くらい前に除菌用品を買いに行ったが、
品切れしている店が多く、何件も探し回った。
混雑しているドラックストアに自分から出かけて行って、
買い物の途中で感染したかもしれないのです。

4月6日、出勤前にいつものように体温を測ると、平熱
より少し高い36度8分・・症状は1日で一気に悪化した。

熱は8度まで上がって、寒いんです・・寒くて寒くて、
なのに体は熱い、なんか変な感じ。節々が痛み、インフル
エンザよりひどい感じ・・夜も眠れなくて、目の奥が熱い。

体の節々が全部痛い・・痛くて痛くて、明け方骨が折れた
んじゃないかと思った。歩くのも痛くって、起き上がっても
痛かった。
次の日の朝体温を測ったら39度まで上がっていた。
これはまずいと思い、近所の医院に電話して診てもらった。

「発熱して2日目なので様子をみてください」と言われ、
薬をもらった。薬を飲んだら、次の日平熱に戻っていた
んです。
1日様子をみて、次の日も平熱だったので、とりあえず
保健所に、熱があったことを伝えた。
そうしたらやはり「様子をみてください」と言われた。

                                                            次号に続く

2020年08月10日

新型コロナウイルス感染者の証言(2)

1839 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「新型コロナウイルス感染者の証言(2)」

39度の熱が出た。近所の医院で診てもらい、薬を飲んだら
熱が下がった。
1日様子をみて、次の日も平熱だったが、とりあえず保健所
に熱があったことを伝えたら、「自宅で様子をみてください」
と言われた。

10日、夕食の支度中、匂いが感じられないことに気づいた。
香水をつけても匂いが全くしない
ので、保健所に直ぐ連絡
した。
そしたら「かかりつけ医に判断を仰いで、こちらに連絡して
ほしい」と言われたので、直ぐに、かかりつけ医から保健所
に連絡してもらった。

保健所からも直ぐに連絡が来た。
「PCR検査を受けられる病院へ、公共交通機関を使わず
   に行ってください」と言われたのです。

女性は4月13日に感染が確認され”軽症”とされた。
医療崩壊を防ぐため、軽症の人は原則、自宅、又は
指定したホテルで療養することになっていた。

女性は自宅で過ごすことを選んだ。
主人には実家に行ってもらい、家には私1人だけ。
薬もまだできていないし、これからどうなるか不安が募る。

私はまだ軽症者なので、苦しい思いをせずに過ごせるが、
治らなかったらどうしよう・・
いつになったら家族に会えるんだろう・・不安がつのり、
眠れない夜が続いた。

健康観察期間は2週間。症状は治まり、自宅療養も
終わりが見えてきた。
主人も濃厚接触者として、14日にPCR検査を受けた。
17日、陰性と判明した。

その報告が保健所から来たとき、「私は次にいつ検査がある
んですか?病院から連絡があるんですか?」とお聞きしたら、
「軽症の方の検査はありません」と言われてしまった。

更に「保健所から手が離れているので、今後何かあれば
”自宅療養サポート窓口”に連絡して下さい」と言われた。

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