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2008年10月 アーカイブ

2008年10月03日

重圧と戦うイチロー(4)

■いい男の条件

少し前のNHKの朝の番組で、「いま気になる男は?」をテーマにした番組があり、20~60代の"女性"260名にアンケートをした。

プロ野球選手ではイチロー、松井、古田、新庄。サッカーでは中田。
俳優はキムタク。オリンピック選手では、水泳の北島康介などの名前が挙がっていた。
韓国俳優では、「冬ソナ/大王四神器」のぺ・ヨンジュンが変わらぬ人気。
さて、この中にダントツ1位がいます…誰でしょうか?
5人に1人が"イチロー"の名前を挙げた。

目的に向かって努力する姿、前向きに生きる姿がカッコいい。
「自分のやりたいことを遣り通す」「意志が強い」「仕事の出来る男」「セクシー」
「誠実」「強くたくましい」etc…
そなん条件をすべて満たすイチローに…女性は憧れるのです。


【吉村外喜雄のなんだかんだ - 605】
「重圧と戦うイチロー(4)」

日本球界とメジャーで、歴史に残る偉業を達成しながら尚、先を追及することが出来るだろうか? 球界で、 右に並ぶ者のいないイチロー…
しかし、いまだに"達成感"がないという。先が見えないから頑張れる…
目指す目標はイメージしているが、"お先真っ暗"だと言う。
もがき苦しんでいると…光が見えてくる…そのうちに光がさすだろう…。
何もしなければ、一生何も見えないだろう…。

自ら"重圧"に向き合う。その中から、新たなバッティングフォームを掴んでいく。既に身に付けている目に見える技術から、 更に目に見えない何かを…?
目に見えない部分が、今の自分には、かなり大きな部分を占めている。
その目に見えない部分に、目を向けるのが、これからの課題なのです…。

ホームランは、ここ!という時に、ねらったら打てる。それがイチローの中では、ちょっとした遊びになる。日々真剣勝負の中にも、 遊びの部分は大事だ!
この遊びの部分に目を向けることも、目に見えないものの一つだろう…。

2007年9月19日、イチローはこの日ついに打率首位に立った。
残り試合は11…翌日、4打数ノーヒット…トップを争うオルドニェスに首位を明け渡した。
その日の夜イチローは、応援に来た友人達に「首位打者を狙う」と断言した。
残り10試合…16本ヒットを打てば、間違いなく獲れるでしょう…その上を行かれたら…これはどうしようもない。 だから10試合で16本打つことへのプレッシャーを感じる。
「首位打者を獲る!」と言い切ることなど、これまで無かったイチロー。
自ら、重圧の中に飛び込もうとしていた…"弱い自分と決別する"ために…。

9月26日、残り5試合…首位打者争いは、近年まれに見るハイレベルの戦いへと突入した。イチローは5打数3安打の固め打ちで、 打率3割5分をキープ。
2001年以降、3割5分で首位打者を逃した例はない…。
しかし、オルドニェスはその上を行った…ヒットを量産して打率3割6分に上げた。
追い詰められたイチロー。絶望の中イチローは、最終試合になってもあきらめない"覚悟"があった。「自分の生活の一部を捧げて、 見に来てくれるお客さまを、背くことなんて出来ないですよね…だって、そういったフアンがいなかったら、僕らの存在価値…無いんだから… 」

最終戦、最低ヒット3本は欲しい…可能性に掛けた…結果は3打数1安打。
ついにオルドニェスは逃げ切った。イチローの戦いは終わった。守備についたイチローの目には、涙が浮かんでいた。

過去の自分を捨て、新たな境地に挑んだこの半年…イチローは何を掴んだのか? 全試合を終えて、掴みかかっていたものとは…
「それは、具体的技術ではない…と、僕は思う。自分が打席の中で感じている感覚…見えている景色…これは、 過去のものとは全く違ったものだと、僕は感じた。ようやくスタートが切れたな…という感じです」と、イチロー。

~つづく~

2008年10月07日

3連敗の後の4連勝

■韓国勢の台頭と、元気のない日本の棋士界

先週5日の日曜、日本女子オープン最終日。
最終18番ホールでトップに並んだ"宮里藍"。
先月片山津の"横峯さくら"同様、1打差で又も韓国の選手に優勝を持っていかれた。
囲碁界も、つい最近まで日本は世界の碁界をリードしてきました。
中国も韓国も碁といえば、日本の棋士の指導や著書によって勉強したものでした。

ところが十数年前から力関係は全く逆転。
碁の世界戦のタイトルは、ほぼ韓国の棋士に独占されるようになりました。
その背景には、韓国の父母たちの教育熱心があり、10人中9人の親が「囲碁は教育にいい」と信じ、 子どもを囲碁教室に通わせる環境にあります(数年前から日本も…)。

同じ現象が、プロコルファーの世界にも起きている。
韓国勢が日本や米国ツアーの上位を席巻しているのです。
その韓国を、猛烈に追い上げているのが中国。
棋士たちは国家的支援を受け、住み込みで研鑽を積んでいる。
賞金額の大きい二つの世界棋戦…2008年の優勝者は、中国の棋士でした。

世界戦で結果を出せなくなった日本棋界…その現状を無念に思っているのは、私一人でしょうか…。

9/21中日新聞社説 


【心と体の健康情報 - 606】
「3連敗の後の4連勝…その奇跡」

第1回ワールドマインドスポーツゲームズ(頭脳オリンピック)が、10月3日~18日、北京で開催されている。大会には、囲碁、 チェス、チェッカー、シャンチー(中国将棋)、ブリッジ(トランプ)の、5競技36種目に、 100以上の国から2,000名を超える選手が参加して、メダルを競う。

囲碁が趣味の私。この7月の「本因坊戦7番勝負」で、羽根直樹九段が、3連敗の後、カド番の絶望状況から4連勝して本因坊を奪取、 初タイトルを手にした。その劇的大逆転の一部始終を、TV観戦した。
ファンを興奮させた羽根直樹九段は、囲碁界を支える「平成の四天王」の一人である。

囲碁界の3連敗4連勝は、"趙治勲"二十五世本因坊が三度、"林海峰"名誉天元が二度記録している。趙は6歳、林は10歳で、 それぞれ韓国、台湾から来日。勝つことを宿命づけられた"粘着流・二枚腰"で知られる棋士である。
日本人の達成者は、棋界・将棋界いずれも、今回が初めてである。

プロゴルファーでも、プロ歌手でも、経費を差し引いて、年収1千万円以上の所得を手にするプロは一握りであろう。 棋士の世界も同様、プロ棋士になれるのは一握り。タイトルを争う棋士となると、更に絞られ、10人に満たない。

本因坊羽根直樹九段は、中部総本部(名古屋)元"王座"のタイトルを持つ、羽根泰正九段の息子。恵まれた家庭で育まれ、 3歳で囲碁大会に出場。
小学1年でプロを目指す院生生活に…。
超一流棋士のほとんどがそうであるように、中学3年の14歳で、プロ棋士になっている。

先月9月中旬、片山津ゴルフ倶楽部で、日本女子プロゴルフ選手権を観戦した。
2日間予選ラウンドを戦い、上位60位タイまでが決勝ラウンドに進出する。
優勝者は、賞金1,800万円に、ホンダの高級セダン。60位は30万円。

出場選手の半分以上が予選で涙を呑む。交通費、宿泊費を差し引いて、どれだけ残るのだろう…。専属のキャディを従え、 試合に臨む選手は、宮里藍など、一部の選手に限られる。プロで食えるようになるのは大変だ。

鍛え抜かれた天才たちの戦い。2日間予選を戦い抜いて、1アンダー以上が5名(1位から3位を韓国勢が占める)。 アンダーパーは横峰さくら他3名、1オーバー5名、2オーバー7名と続く熾烈な戦い。5オーバーした選手は、予選落ちの憂き目に…。
一打のミスショットが…ツキの有無が…明暗を分ける。

そもそも、差が生まれるのはなぜか。何が、勝負を分けるのでしょうか?
羽根本院坊は、その問いに答え…
「碁はうまい手を打ったから、リードできるというものではありません。
そもそも相手がミスをしなければ、勝つことは難しいものなのです。
最善と思う手を打つしかないのです。
相手のちょっとしたミスに気付くかどうか…その嗅覚、その瞬間を見抜く…それが、勝つ棋士と勝てない棋士の分かれ目になる」

勝負は妙手より、一手のミスで決まる。
一流棋士には、自らが信ずる"思想信条"というべき"棋風"があり、技量の差は紙一重なのです。

ゴルフも同様。天才女子プロゴルファーが戦う姿を目前にして、その精神力、判断力、運、勇気…そういうものが、 いかに勝敗を左右するか…。
弱気になって脱落した"上田桃子"。あくまで優勝を信じて戦い抜いた"横峯さくら"。
二人の明暗が、最終順位に表れてくる。

優勝を決する4日目、最終18番ホール・パー4。一打差の2位で追う横峯さくら。思い切り叩いた一打目がラフに転がり込んだ。 深さ15cmのラフ…誰もがこれまでと思った。アイアンで安全な場所に出し、3打目でピンに寄せてパー狙い… ボギーになる確率の方が高い。

残り173ヤード・砲台グリーン。手前には背丈もあるバンカー。
グリーンオーバーしたら、奥に深いラフが待っていて、フライヤーが怖い。
横峯、やおらウッドを取り出し、イチかバチか思い切り叩いた。
ボールはグリーン中央に向かって一直線…ワンバウンド、ツーバウンド…転がり、止まった…イャーまいった!
優勝こそ逃したものの、天才一流ゴルファーのすごさを堪能した。
勝負に掛けるプロの秘密…その一端を垣間見たのです。

2008年10月10日

重圧と戦うイチロー(5)

■私の昭和(1976年・34歳)
 「シーズン最終戦…4安打したら、首位打者になれる!」

1976(昭和51)年10月19日…最終広島とのダブルヘッダー2試合で、3打数3安打、4打数4安打、 5打数4安打のいずれかを達成したら、首位打者になれる!…注目の選手は、我が愛する球団、中日の4番打者"谷沢健一"である… 彼はやり遂げた!

その時、惜しくも首位打者を逸した選手は?…その年、巨人に鳴り物入りで移籍してきた"張本勲"である。彼は、 わずか"6糸"という超僅差で涙を呑んだ。
張本勲は、この年の6月、2500本安打を達成している。

10月11日には、王貞治が715本の本塁打を放ち、ベーブルースを抜いた。
我が故郷の横綱"輪島大士"はこの年、8度目と9度目…2回優勝している。


【吉村外喜雄のなんだかんだ - 607】
「重圧と戦うイチロー(5)」

新しいバッティングを模索して、2008年春…新たな戦いが始まった。
随分遠回りしたけれど、ようやく"野球を楽しめる"入り口に来た感じはある…。
フアンを圧倒し、選手を圧倒し、圧倒的結果を残すこと…それを自らに課して、今日も挑戦する…。
が、スタートでつまづいた…オープン戦26打席無安打…イチローは平然として、意に介していない様子。記録を知らされたイチロー…
「この時期に、悪いところを出し切っておかないといけないですから…とってもいいことじゃないの…」

開幕から2ヶ月、打率2割6分台と、過去経験したことのないスランプに陥る。
「今年は、200本達成は無理かも…」と、諦めかかった…。
一試合、一試合、夢中で試合に臨んだ。徐々にペースを掴んで、7月29日イチローは対レンジャーズ戦で、 日米通算3000本安打の偉業を達成…
過去メジャーでの達成者はわずか27人。日本では張本勲が1人いるだけ。

ここで注目したいのは、達成した27人で、同じシーズンに200本安打を達成した選手は、1人だけ。また、 34歳8ヶ月のイチローより若く、この記録を達成したのは、通算4189本を記録した、1910年代の名外野手タイ・カップ1人だけ。
4256安打のメジャー歴代最多記録を持つピートローズ(私と同じ1941年生まれ)、1970年代に活躍した内野手で、 あだ名は"安打製造器"。
そのローズ…3000本安打に到達したのは、37歳の時です。

イチローの活躍が続く限り、こうした記録は破られていくだろう…。
次の目標は、メジャー歴代首位に並ぶ、8年連続200本安打達成へ…。
ここまで来たら、何がなんでも達成したい…。
8月26日、残り31試合で28本。8月30日には、3安打の固め打ちをして、今期初の月間40本を超え…残り27試合で22本。

9月11日、5打数1安打(6号ホームラン)…あと9本…残り17試合。
そして9月17日、3安打の固め打ちをして…ついに8年連続200本安打達成…100年間破られなかった、メジャー記録に並んだのです。

更に、10日後の9月27日、イチローは、8年連続100得点の金字塔を打ち立てる。「200安打100得点"8度"」の記録は、 1930年代のヤンキースの強打者ルー・ゲーリッグ以来、史上2人目の快挙になる。

更なる記録達成に向かって…張本勲が持つ、3085安打の日本記録に並ぶまで、残り1試合…5本。イチローは、 メジャー8年の間に、1試合5安打が"7回"ある。メジャー最多記録は、9回…いずれ、この記録を抜き去るでしょう。
最終戦2安打と健闘したが…惜しくも届かなかった。そして、今シーズンを終えた。
日本最多安打記録は、来シーズンにお預けとなったが、来期は、9年連続200安打100得点の大リーグ新記録と、移籍9年目で、 大リーグ通算2000本安打達成がかかっている。
イチローの記録への挑戦が続くかぎり、重圧から逃れることはできないだろう…。

※張本勲
1959年(王貞治巨人入団の年)東映入団。1年目から、20年連続シーズン100安打以上達成。打率3割以上16回、脚も速く、 63年に45盗塁記録…
通算319盗塁。日本球界で、400本塁打以上(張本は通算504本)、300盗塁以上の記録保持者は、"秋山幸二(ダイエー) "と張本勲の2人だけ。
巨人に移籍後、川上監督のもと、王貞治と「OH砲」コンビを組み、活躍した。

10月8日、ソフトバンクは、王監督の後任に秋山新監督を発表…

2008年10月14日

孔子の教え(19)

■論語は、授業の外での"余談"を集めたもの

「論語」は、孔子の死後、孫弟子たちが、孔子が語ったこと、弟子たちが言ったこと、行ったこと、問答したこと等を思い起こし編纂した、 短い語録です。
20扁、約500章から成り、小説のように扁と扁のとの間につながりがなく、全てが単独の章で成り立っています。

ですから、何処から読み始めてもいいし、何処で終わってもいい書物です。
一行にも足らない文章が、1章となっているものもあります。
孔子は大変な苦労人で、社会の辛酸をなめ尽くした人ですから、短い文章の中にも、無限の内容が含まれています。

従って、読む人によって、みんな解釈が違ってくる。
若い時に読んだ、中年で読んだ、老年になって読んだ…或は平社員の時読んだ、管理職になって読んだ…その時の環境によって、 受け止め方も千差万別であります。
従って、一人ひとりが論語に対する"私感"を持って、実践することが大切なのです。

伊与田 覺 「人間学と論語」より


【心と体の健康情報 - 608】
~古典から学ぶ~  孔子の教え(19)
「何処まで相手のことを知っているか?」

7月、埼玉県川口市のマンションで、15歳の長女が、皆が寝静まった夜中の3時に、父親を包丁で刺し殺すという事件が発生した。
長女は、前日午後には父親と弟と買い物に出かけ、夜は一家団欒食事をした後、居間でビデオを鑑賞している。「夫と娘は仲が良かった… 思い当たることがない」と、母親。
警察の調べで、父親から「勉強しなさい」と言われたことが、動機だというが…。

その数日前に、両親に反感を持った男子中学生が、両親の一生をメチャメチャにしてやると、バスジャック事件を引き起こしたことは、 記憶に新しい。

「子曰わく、 人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり」
「先師が言われた。 人が自分を知ってくれなくても憂えないが、自分が人を知らないのを憂える」

9月半ばまでNHK・BSで放映されていた、韓国の大河ドラマ「ファン・ジニ」。
ドラマで、王族が論語を学習するシーンがあった…その時素読していて、耳に入ったのが、上記の言葉。

身近にいる奥さんや、会社の上司・社長が、自分の能力や力量に気付かず、認めてくれないことに、不満を抱いたりしたことは、 なかっただろうか。
たとえば、同期入社の社員が一足先に出世したり、ボーナスの額に差をつけられたりすると、「なぜ?自分の方が仕事も出来るし、 会社に貢献しているのに…」。
正当に評価してもらえないことに、悔しい思いをする…誰にも、こんな思いをしたことがあると思う。

他人に認めてもらえないと嘆く…。
裏返して、自分は、息子さんや奥さんのことを、どこまで分かっているだろうか?
奥さんから突然言い出される離婚話。奥さんの、長年溜まりにたまった怨念を、離婚を切り出されてもなお、気付かない夫…「何で? 何が不満なのだ?」と、うろたえる。

「人が自分のことをどう見ているか?」と、思い悩む前に、息子さんや奥さんが、自分に対し、 同様の不満を持っているかもしれないことに、気を回すことです。
毎日顔を付き合わせているのに理解できず、真の姿を見つめ、認めることが出来ない自分を、思い悩むべきなのです。

人を知ろうと思うなら、人を好きになることです。
人を好きになるには、人に好かれなければなりません。
そのためには、人と触れ合う機会を増やし、人をよく観察し、意見を交換し、考え方や生き方の違いを、多く知ろうとする努力がいります。
論語「里仁篇」にも、こんな文章があります…
「子曰く 位無きを患えず 立つ所以(ゆえん)を患う。
   己を知るなきを患えず 知らるべきを為すを 求むるなり」

「先師が言われた。地位のないのを気にするよりも、なぜ地位が得られないかを考えるがよい。 自分を認めてくれないことを気にするよりも、どうすれば認められるのかを考えて、努力することだ」

武田双雲著「心にひびく論語」より

2008年10月17日

3連敗の後の4連勝の奇跡(2)

■昭和33年日本シリーズ巨人VS西鉄
   3連敗の後の4連勝/奇跡の大逆転劇…「神様・仏様・稲尾様」

 

[第1戦] 巨人「9-2」 藤田・○大友   ●稲尾他5投手
本塁打…広岡(3回稲尾)・豊田(5回藤田)・長嶋2ラン(7回河村)
[第2戦] 巨人「7-3」 ○堀内   ●島原他4投手
本塁打…豊田2号(8回堀内)
[第3戦] 巨人「1-0」 ○藤田   ●稲尾
稲尾は4回以後1安打に抑えるが、 1球に泣いた。
[第4戦] 西鉄「6-4」 ○稲尾     大友・●藤田・義原
本塁打…豊田3号4号(5回藤田・7回義原)、広岡2号(7回稲尾)
[第5戦] 西鉄「4-3」 西村・島原・○稲尾   堀内・藤田・●大友
本塁打…中西2ラン(7回堀内)、稲尾サヨナラ(10回大友)
1点差の9回、表彰式の準備が始められるのを見た西鉄ナイン。
奮起して土壇場で同点、延長戦へ…10回、稲尾がサヨナラホームラン。
[第6戦] 西鉄「2-0」 ○稲尾   ●藤田
本塁打…中西2号2ラン(1回藤田)
[第7戦] 西鉄「6-1」 ○稲尾   ●堀内・藤田・義原・大友
本塁打…中西3号3ラン(1回堀内)、長嶋ランニング2号(9回稲尾)

 


【吉村外喜雄のなんだかんだ - 609】
~私の昭和~ 「3連敗の後の4連勝の奇跡(2)」

今年のプロ野球…9月21日巨人VS阪神3連戦で、虎を3タテ…32年ぶりの12連勝。
ついに阪神に追いつき並んだ。そして、10日8日の天王山。
阪神と最後の直接対決…3-1で巨人が首位を奪還…10月10日ついに優勝!

7月上旬…13ゲームも離され、誰ひとり巨人が優勝出来ると思っていなかっただけに、今年は久しぶりに、 奇跡の逆転劇を目にすることができた。
思い起こせば96年、長嶋監督の下、11.5ゲーム差を跳ね返して優勝。
「メークドラマ」が流行語になったが、その時を上回る、歴史に残る大逆転劇になった。
明日から、セ・リーグ/クライマックシリーズ。
日本シリーズに勝ち進むのは…今年こそ巨人?
いや、阪神頑張れ! 中日にもわずかにチャンスが残されている。
各球団の監督の戦略は?

ところで、日本シリーズの歴史を振り返ると、3連敗の後4連勝という、ドラマティックに優勝した球団が、3つある。

■一つは、昭和33年(1958)の西鉄VS巨人戦。
当時私は高校3年の17歳。3連敗して後のない西鉄、稲尾が4連投して4連勝という快挙をやってのけ、優勝! 西鉄の優勝は、 稲尾の存在なしには語れない。

このシリーズは「巌流島の決戦」と言われ、三原監督率いる西鉄ライオンズと、水原監督率いる読売ジャイアンツの、3年連続の対決。 過去二度敗れている巨人は、ルーキー長嶋茂雄を4番に据え(王選手は、翌年1959年入団)、厚みを増した打線で臨んだ。
一方の西鉄…オールスター以降、奇跡の17勝1敗…稲尾投手の大活躍で、ペナントレース最大11ゲーム差を逆転。ところが、 日本シリーズ直前、原因不明の高熱に襲われ、フラフラの状態で第1戦に先発…巨人打線に捕まり、第3戦も先発したが、 3連敗を喫して崖っぷちに追い込まれた。

ところが、10月14日夜半からの雨が、シリーズの流れを変えた。
打線では、中軸を担う中西太、豊田泰光に当たりが戻り、何より稲尾の復活が大きかった。
稲尾は第4戦以降、文字通り"獅子奮迅"の活躍を見せ、前例のない3連敗の後の4連勝で、奇跡の大逆転。日本一を達成。 「神様仏様稲尾様」と、ファンから崇め奉られた。

■次は、昭和61年(1986)の西部VS広島戦。
第1戦引き分けの後、西部が3連敗の後、4連勝した。

■その3年後、平成元年(1989)の巨人VS近鉄戦…私は47歳。
この時近鉄が3勝0敗…ヒーローインタビューで、勝ち投手になった"加藤哲郎"。
「今の巨人はロッテより弱い…」と発言。これに、巨人ナインが発奮した。
この後、近鉄を4タテして大逆転勝利。
2度目の日本一の栄冠を、藤田監督にプレゼントした。

※鉄腕・右腕投手/稲尾和久(2007年11月13日、70歳で他界)
56年西鉄に入団。ルーキーで21勝、防御率1.06…新人王に輝き、
その年から3年連続日本一に貢献。入団2年目の57年から、3年連続30勝以上、57年には、20連勝の最多連勝記録を打ち立てる。
61年にはシーズン最多タイの42勝。
69年引退後は、西鉄、太平洋の監督を務める。93年野球殿堂入り。
通算成績…276勝137敗/防御率1.98/2574奪三振

2008年10月21日

孔子の教え「明徳を明らかにするに在り」

■"徳の人"松下幸之助                       伊与田 覚

昭和35~6年頃、松下幸之助がまだ社長の時期でしたが、私たちの会で講義をしていただいたことがあります。 じっと耳を傾けておりましたら、「大学」の教えを講説しているように感じ取れましたので、「いつ"大学"を勉強されましたか?」と尋ねたら、 「いや、私は小学校四年を出るか出ないかなので、そんな難しい本を読んだことがありません」と言われた。
その時私は、「この方は人から聞き、多くの書物を読んで知ったのではなく、天から直接聞いたのだ…」と直感しました。

幸之助翁は85歳の時、松下政経塾を創られました。
塾生たちは大学を卒業した優秀な人ばかりだけど、絶えず言われたことは、「掃除はしておるか」「素直な心になれ」という、簡単な言葉でした。

「掃除をする」ことと「素直な心になる」ことは共通しています。
汚れたものをきれいに掃き清め、拭き清めれば、おのずから本来の姿が表れてくる。それは「素直な心」にも繋がり、「明徳を明らかにする」 に通じているのです。

孔子の教えは、例えば禅宗のように、特別の行を行うのではなく、日常の生活を正しく積み重ねることで、 その境地に到達しようとするものです。


【心と体の健康情報 - 610】
~古典から学ぶ~ 孔子の教え(20)
「大学の道は 明徳を明らかにするに在り…」

物事には必ず「本(根本)」と「末(末梢)」があります。
もそうで、根・幹・枝・葉と分かれ、しかもそれは、種のとき既に因子として備わっています。根は「本」、幹・枝・葉は「末」になります。 根がしっかり地中に這っていないと、幹・枝・葉は育たないし、根が弱ければ枯れてしまいます。

「大学」に、「物に本末有り」がある。立派な人間になろうと、「知識」や「技能」 を身につけることは大切ですが、「道徳」「習慣」といった、人としての根っ子の部分…つまり「人間学」をおろそかにしては、 「人として成る」ことはありません。

ですから「立派な社会人」になるには、「道徳」「習慣」といった"徳性"を育てなければなりません。それに対し、 その時代を生きるために身に付けるものが、「知識」「技能」になるのです。
こうした「道徳」「習慣」「知識」「技能」は、生まれながらに備わっている"知能"の働きによって、生まれてから後に、 吸収していくものです。

その中にも「本」と「末」の働きがあります。道徳や習慣が「本」、知識や技能が「末」…道徳・習慣を学ぶことが「本学」で、 その学問を「人間学」と言います。
一方、知識・技能を学ぶことは「末学」になり、「末学」を習得するのに必要な学問を「時務学」 と言います。

論語は、「子曰わく 学びて時に之を習う 亦よろこばしからずや
                   朋(とも)遠方より来る有り…」から始まります。

「大学」は、「大学の道は 明徳を明らかにするに在り…」から始まります。
「大学」は「大人(たいじん)の学」と言い、自分が立派な人間になり、人にも良い影響を与える学問です。
「人間学」を学ぶ目的は、「明徳を明らかにする」ことにあります。
「明徳を明らかにする」には…我を取り去り、私を取り去り、欲を取り去る必要があります。これは、人間学の根底をなします。 ですから人間学は、自らの内面にある「我・私・欲」を"取り去る学問"で、知識・技能を習得する 「時務学」のように、積み重ねる学問ではありません。

伊与田 覚「理念と経営・論語の対話」より

※「大学」
「大学」は、孔子の弟子"曽参"の作とされ、南宋時代「論語」「中庸」「孟子」と
同列の"四書"の一つとして、四書を学ぶ最初に置いて、儒学入門の書とした。
「論語」と「大学」は、孔子の教えを的確に示す書物として重用されてきました。

2008年10月24日

江戸小噺・おなら

■ことば遊び「屁の河童」

「語源」を探って、「へェ~」と納得するのも、ことば遊びの面白さです。
今日は「屁の河童」 の語源をたどってみます。

"たやすい"ことを「屁の河童」という。何とも可笑しな言葉です。
語源をたどっていくと、「木っ端の火」になる。

七輪で火をおこすとき、火種に木屑を入れ、燃え上がったところへ炭を入れる。
この木っ端は、ぱっと燃え上がるが、すぐ燃え尽きてしまうので、手早くしなければ間に合わない。そこで江戸時代、 "はかないもの"を「木っ端の火」と言った。

しかし、このままでは面白くないので、江戸っ子特有の洒落で、「河童の屁」と言うようになったのです。
いつのころからか、それがひっくり返って「屁の河童」となり、言葉の意味もひっくり返って、 "たやすく出来る"の意味に使われるようになった。
これこそ「へぇ~」ですね…。


【吉村外喜雄のなんだかんだ - 611】
~ことば遊び~ 「江戸小噺・おなら」

出張先での朝食…和食か洋食かと問われれば、惑わず洋食コースを選ぶ私…。
家でも、パン2枚にバターを塗り、目玉焼きソーセージに牛乳を添えるのが、長年の定番…。
昨年から、メタボを改善しようと、キャベツを刻んで皿に盛り、リンゴ半分と、五郎島の"蒸かし芋"2切れを添えて朝食にしている… 食生活を改善しようと始めたのはいいが、日に一度、所構わずオナラが出るのは問題です。

落語や小噺の下ネタには、「おなら」を題材にしたものがいろいろあります。
緊張した時に限って出るのが「おなら」。「場所柄をわきまえず…」と、怒るわけにもいかない…当の本人は、もっとバツが悪いのだから…。

■江戸小噺その一 「ただの風」
あるところに、大変けちな男がおりまして、くれるものなら、なんでももらうと言う。
「おおう、おめェかい…くれるもんならなんでももらうっ、てェやつは」
『へェ、左様でございます』
「じゃ、俺はお前にやりたいものがあるんだが、貰うかい?」
『ええ、いただけるもんなら、なんでも…』
「そうかい、実はな、俺はさっきから、腹が張ってしょうがねェんだ。
屁をお前にやるから、後ろへ回んな、いいか…」

なんてんで、男が後ろへ回りますと、大きなのを一発「ブー」。
と、男はそのおならを、両手で、ぱっとつかみまして、バーと駆け出しまして、どうするのかと思うと、自分の畑へ参りますと、 この手をパーッと広げまして、「ただの風よりましだろう…」

■江戸小噺その二 「仁王様」
あるとき、浅草の観音様に泥棒が入った。
賽銭箱を風呂敷でくるみますと、これをしょいまして、野郎、裏から逃げればいいものを、表から堂々と逃げようとしまして…。
ところが、表には門番の仁王様がいらっしゃいますから、逃がす訳はございません。
「この野郎ふてェ野郎だ!」なんてんで、泥棒の襟首をつかまえまして、目よりも高く吊り上げると、そのまま地面へ叩きつけまして…、

泥棒が四つん這いになると、上から、あの、何文あるか分からない大きな足で、ぐぐぐぐぐっと、踏みつけます。
ってェと、かの泥棒、下腹へ力を入れて力みましたから…たまりません。
さっそく大きな"おなら"を「ブゥ~ッ!」。

仁王様「む、むむむむ、臭せェ~もの…」(曲ェ者~)
泥  棒「ハ~ア~、臭うかあ~」(仁王かぁ~)

2008年10月30日

いじめをどうなくす

■最初の4分間

初めて会った人…その人がどんな人かを判断するのに、そんなに時間を要しない。
良い人か悪い人か、好きなタイプか、嫌いなタイプか…これから付き合っていきたいか、これっきりにしたいのか…自分より偉い人か、苦労人か… 。
いろんな観点から観察して、無意識のうちに"ねぶみ"をしているのです。

アメリカの"ズーニン"という心理学者は、
人は出会ってからわずか4分の間に、その結論を出す」と言っている。
つまり、最初の4分間が決め手。初印象が悪いと、それが相手の脳裏に刻み込まれて、後々まで残り、それをくつがえすことが困難になってくる… 。

人は見た瞬間、「こいつはダメだ」とか、「この人はできる」などと判断する直感力を有している。どんな風に見られているか… 人間関係の良し悪しに影響し、人生に影響していく。
ならば、相手に良いイメージを持たれようと、初対面をつくろってみても、直ぐに、正体を見破られるだろう。
先々週No.608号で…「人が自分のことをどう見ているか?」と、思い悩む前に、身近な家族や、 職場の部下を理解出来ないでいる自分を、思い悩むべきでしょう。


【心と体の健康情報 - 612】
~子育て心理学~「いじめをどうなくす」

週に数度、二人の孫を幼稚舎へ送迎している。 夕方迎えに行くと、噛まれたり、顔をくじかれ、絆創膏を貼って部屋から出てくる。 幼稚舎の先生が詫びを言う。
子ども達の集団の中に、体の大きな子や、力の強い子がいて、自分より弱い子に、イジメに似た行為をする。
以下、大坂樟蔭女子大学学長/森田洋司「いじめ自殺どうなくす」から…

子ども達の社会から、いじめが無くなることはないだろう。
いじめの被害を軽く見てはいけない。自己を形成する途中の子どもが"いじめ"を受けると、心がずたずたに切り裂かれ、 耐えられない状態になってしまう。

いじめられている子は孤立し、いじめる子は、歯止めがかからない。
注意して観察していても、見えないのが"いじめ"。いじめはなぜ起きるのでしょうか?
人の集団には、力のアンバランスがあり、優位に立った人間が、その力を悪用すると"いじめ"になる。いじめがエスカレートすると、 集団の中でターゲットになるいじめられ役が、固定化されていく。

いじめは、いじめる子、いじめられる子、はやしたてる「観衆」子…そして、 見て見ぬふりをする"傍観者"の"4つのグループ"に大別される。
そこで、いじめを止める「仲介者」層が育っていないと、深刻な事態になる。
教師がいじめのきっかけだったりすると、いじめを止める層がいなくなってし まう。
"いじめ"は世界共通の問題です。
英国、オランダ、ノルウェー、日本の4か国で、小・中学校のいじめの調査をした。
発生率トップは英国で、日本は低い。しかし、日本はいじめの期間が長く、頻度も高い。
ヨーロッパでは、中学生になると"仲介者層"が育ち、傍観者が減る…いじめの進行が食い止められるのです。

日本だけ逆に、中学生になると"仲介層"が減り、"傍観者層"が増加してくる。
日本の社会全体…自分さえよけれはそれで良しとする、"保身意識"が強い。
他人には無関心を装う…そこに傍観者が生まれる背景がある。

先月終了したNHK朝の連続ドラマ、西田敏行主演の「瞳」に、私の子どもの頃あった風景がたびたび出てくる。 あのような暖かい家族のふれ合い、思いやり、ご近所との連帯は、どこへ行ってしまったのでしょうか…?

欧米社会は、市民意識が強く、社会の一員であることを重視する。
今の日本は、家族の間が無関心…隣人に無関心…そして社会に無関心… "砂漠化した都会"とでも言いましょうか…。

"いじめ"は、いじめる子がいなければ起きない。
いじめる子を育てた社会や、家庭の責任も問われなければならない。ところが、自分の子がいじめに加担していないかと、 気にする家庭はほとんどない。
こうした意識を改めないと、本当の解決にはならない。

「人の嫌がること、人を傷つけたり辱めること」、そのようなことを他人にするのは悪いことだと…まだ、物心がつかない頃から、 家庭で厳しく躾けなければならない。
私の二人の孫…幼稚舎から帰ってくるや、バイキンマンがアンパンマンに意地悪して、やっつけ合うTV漫画にかぶりつき…「悪いやつは… やっつけてしまえ」無意識に、自己中心的"いじめ"の種が、幼児の心の奥底に刷り込まれていく…。

2008年10月31日

旧町名が似合う金沢

■「町名…その歴史と由来」

私が生まれ育った香林坊…45年前に住所表示変更で町名変更され、香林坊2丁目になった。元の町名は「石浦町」です。
徳川幕府が発足する直前の1597年7月、金沢の浄土真宗門徒が、本願寺に提出した古文書によれば、当時既に「石浦村」があった。 石浦神社の氏子が住んだことに由来するという。
尾山神社前の「南町」、近江町市場に隣接する「近江町」「西町」「堤町」、武蔵ケ辻に隣接する「安江町」「木の新保村」「尾張町」など、 "尾山八町"を中心に、「大工町」「材木町」「博労町」「鍛冶町」など、様々な職人の住む町があったことが古文書に記されている。「森下町」 「野々市町」も、古文書に記されている。

「香林坊」という俗称は、家柄町人"香林坊家"が居住したことから名付けられた。
越前朝倉家の家臣だったが、没落し、親類の比叡山の僧"香林坊"を家名にして移り住み、"合薬商"を営んだ。
また「野々市」の地名は、守護の館があった野々市から、商工業者が移り住んだことから名付けられた。


【吉村外喜雄のなんだかんだ - 613】
~私の昭和~ 
「住所表示…旧町名が似合う金沢」

他所から越してきたためか、つい最近まで、自分が住む町内のことには、全く無関心だった。ところが、この春抽選で町会長に選ばれ (成り手がいないので、已むを得ず)…ようやく、市と地域住民とのつながり、市や校下が行っている行事に関心を持ち、 参加するようになった。
(防犯・防災訓練、夏祭り、運動会、美化清掃etc)

金沢は、加賀百万石城下町。京都に似て、市内至るところ、歴史文化の趣きがただよう。
古くからある地名もその一つで、昔から住む人たちにはとりわけ思い入れ強い。
ところが昭和38年、金沢市が国が新らしく制定した、「住所表示」のモデル都市になったことから、市内ことごとく見直され、 街区に割られ、町名が変更された。

520あった町名が220になり、300近く町名が消えていった。
幾つもの町がひとくくりの"街区"にまとめられ、無味乾燥な町名に変えられてしまったのです。 多くの歴史ある町名が消えてしまったのです。

旧石浦町、仙石町、南町の一部、高岡町上藪の内の4町が、机上で振り分けられた"街区"に呑み込まれ、 香林坊1丁目と2丁目になった。今となっては、国道に向かい合った、旧「石浦町」だけを復活させるわけにはいかないのです。
近年、ようやく旧町名を見直し、"歴史的文化遺産"を残そうという機運が高まってきた。
始まりは早く、昭和54年から…「歴史の町しるべ」として、元、町名があった場所、古くから親しまれてきた坂道などに、 昔の名前を記した石碑が建てられた。現在219基、市内随所に建てられている。
更に、いったん消えた町名を復活させる作業も、少しづつだが進められている。

H11年、金沢市役所裏の「柿木畠」と、観光スポット・お茶屋街の「主計(かぞえ)町」が37年ぶりに復活…H13年には、 築城の際に、石を引いた「下石引町」と「飛梅町」…片町、旧大和デパート裏に直角に伸びる「木倉町」、そして「六枚町」が復活した。
この11月1日には「南町」が復活する。五百年前、後の金沢城、尾山御坊の南に位置することで、名付けられた町名である。

石浦町の旧町内会…私の子どもの頃、約140世帯あったものが、銀行やデパートに取って代わられ、現在住んでいるのは I さん一世帯のみ…街区に分断され、住民が四散してしまったが、旧町民の結びつきは強く、四十数年経た今も、 生まれ育った故郷を懐かしむ人たちの間で、交流が続いている。
私も、商店街の元・青年部の皆さんと、ゴルフ懇親をしている。

目を外に向けると、富山市は住民が反対して、新住居表示作業は、現在も遅々として進まず、京都市に至っては、完全拒否を貫き、 旧来の表示を大切に守ろうとしている。
今年の春、「歩こう会」の皆さんと、金沢の古い町並みを歩いた…じっくり歩いてみて…気づかなかった金沢の良さが見えてくる…やはり、 旧町名が似合う町です。

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