2369 釈迦の教え/黒白二鼠の喩え話ー2(解説)

2369【吉村外喜雄のなんだかんだ】
故事から学ぶ・釈迦の教え
「黒白二鼠
(にそ)の喩え話ー2(解説)」

釈迦は「黒白二鼠(にそ)の喩え話」を人生
の生き死に置き換えて説いた・・

は人生、旅人は今を生きるすべての人間
を指す。は人生のむなしさ・寂しさを表す。

独生独死」「独去独来」・・人は1人生まれ、
1人死んでいく。1人この世に来て、1人去
っていく。自分のことを何から何まで理解し
てくれる人間は、1人もいない。

白骨は、いずれ自分も死んで白骨になること
を、暗示している。

飢えに狂ったは”無常の風”・・明日の我が
命がどうなるか、分かりようがない。

人は病だけでは死ねない。能登大地震のごと
く、いつ思わぬ無常の風に誘われるか分から
ない。運悪く無常の風が吹いたら、死ななけ
ればならない。
人は皆、生まれた時から、飢えに狂った虎を
心中に持っていて、いつ襲われるか分からな
いのです。
野火は残された人生と老病を、藤ツルは人間
の寿命を、垂れてくるは語欲、は邪思を
表し、人生のはかなさを説いている。

白と黒の鼠・・白い鼠は昼を、黒い鼠は夜を
表す。昼は白い鼠が、夜は黒い鼠が、交互に
藤ヅルをかじり、昼と夜を繰り返して、残さ
れた寿命がかじられていく。
最後に噛み切った鼠が白い鼠であれば昼に死
に、黒い鼠なら夜に死ぬことになる。

青龍、赤龍黒龍3匹の毒竜が水面で暴れ
ている。 
青龍は”欲の心”を持っている。
欲には食欲・財欲・色欲・名誉欲・睡眠欲の
五欲があって、欲の本質は「我利我利亡者」
己の欲を満たすことのみに囚われる。

赤龍は”怒りの心”  怒ると赤い顔になる。
黒龍は”愚痴の心” 人を妬み、恨み、心は
醜く汚い。

人生とは、この喩え話のようなもの。
すべての人に当てはまる。過去に囚われ、
将来を憂えたところで、どうなるものでもな
い。
今に感謝し、今を大切にして生きることが
大切なのです。

2211 釈迦の教え/一切皆苦

仏教の教えには、この世の真理を解き明かす
4つのキーワードがあります。

一 切 皆 苦
人生は、自分の思い通りにならないことばかり
である。仏教における”苦”とは、単に苦だけ
でなく「思い通りにならない」の意味があり、
この”苦”には「四苦八苦」という八つの苦しみ
があります。
諸 行 無 常
人生ははかなくもむなしいものだ。
宇宙万物全てのものは移り変わり、また生まれ
ては消え去る
運命を繰り返し、永遠に変わらな
いものなどない・・
諸 法 無 我
自分の命も財産も、全て自分のものと思いがち
だがそうではなく、世の中のあらゆるもの全て
が互いに影響し合う因果関係によって成り立っ
ている。
自然環境も同様、絶妙なバランスのうえに成り
立っている。
そうした中で自分が「生かされている」ことに
気づくのです。
涅 槃 寂 静 」(ねはんじゃくじょう)
煩悩を脱し、あらゆる現象に一喜一憂すること
なく、苦しみから脱して「さとり」の真理に
到達した涅槃(ねはん)の境地に至ること。
仏教の出発点は「一切皆苦」人生思い通りに
ならないことを知ることから始まります。
何故苦しみが生まれるのか?仏教ではこの原因を
諸行無常
すべては移り変わるもの・・
諸法無我
すべては繋がりの中で変化していくという
真理にあると考えます。これら仏教の教えを
正しく理解したうえで、世の中をとらえること
ができれば、何事にも一喜一憂することなく、
心が安らいでいく・・
苦しみから開放されるのです。
これが仏教の目指すべき「涅槃寂静」”さとり”
です。