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熟年離婚は妻の復習

■武蔵丸関の引退
大相撲九州場所で、痛々しい姿で土俵に上がっていた横綱武蔵丸関が、引退を決意しました。ハワイ勢活躍の先鞭をきったのは高見山関。 初土俵は四十年前の1964年春場所。私が二十三歳の時です。私の人生と共に歴史をつくり、私の人生を彩ったハワイ出身力士。小錦、 曙など二十四人の力士が誕生し活躍しました。

角界は今、モンゴル勢が中心です。三十五人も活躍している。ハワイ出身が途絶えたのは、 長年スカウトをやってきた相撲好きのラリーさんが、85歳の高齢になったことと、モンゴル人の方がハングリーで、日本語を覚えるのも早く、 スピード出世が期待できるため、スカウトの目はモンゴルに向いてしまったようです。

経営環境は、治世から、乱世の時代へ。高度成長から低成長時代へ移り変わっていきます。。そして、ハワイ勢が武蔵丸関の引退と共に、 その役割を終えました。私が歩んできた一つの時代が終り、世の中がどんどん変わっていく。栄枯盛衰、寂しさもひとしおです。

【心と体の健康情報 - 123】
~男の言い分、女の言い分~
「熟年離婚は妻の復讐」

以下、読売新聞「幸せパレット」からの抜粋です。結婚式のとき、新妻に「永遠に幸せにする」と誓ったことを、 すっかり忘れてしまっているようです。

夫が定年退職し、家でゴロゴロし始めた。仕事や趣味を見つけに、 職安や公民館に出かけたが、「無理だ」「下らない」と二度と足を運ぼうとしない。子育てを終えた妻には、 やりたいことが沢山あった。三食うるさく付きまとう夫の存在が、うっとうしくなってくる。
三十有余年の結婚生活を振り返ると、「許せないないことばかり」。連れ添った夫は会社人間。 育児に追われて過労で倒れ、病院に運ばれた時、夫は残業後遅くに病院へ来て、「元気そうじゃないか、 救急車なんか呼んでみっともない」と言った。結婚記念日に、用意した音楽会のチケットを見せると、 「忙しいのに行けるわけないだろう。俺を当てにするな!」と吐き捨てた。

こんな十年も二十年も昔のことを、いつまでも忘れずに心の中に仕舞い込んでいる妻。五つや六つなら忘れもしようが、 十、二十となると、それはもう怨念です。

別れ話で大喧嘩した直後、夫は不調を訴えて寝込んでしまった。 放っておくわけにもいかず介護したら、夫の言葉に唖然とした。「やっぱり家族は助け合わなくちゃ…」 「夫婦なんだから仕方ないよ…」。抑えていた不満が噴出した。そして決心した。

この夫婦の亀裂の原因は何なのでしょうか? 事あるごとに夫婦が話し合い、互いに理解し合うようにしていれば、 亀裂が起ききなかっただろうに…。互いに
言うべきことを言ってこなかった結果でもある。
多くは、「今日は疲れているから、そんな話今度にしてくれ…」と、夫が妻からの訴えに、 真剣に耳を貸そうとしなかったことに起因しているように思うのですが…。

定年を機に離婚を切り出された夫の多くが、妻の怒りに初めて気づき、 事態の深刻さにうろたえるという。妻も夫の給料で安定した暮らしをしてきたのだから、遅まきながらでも、 夫と向き合う努力をしてほしい。

夫にも言いたいことはあるでしょう。しかし、こうなるまで気づかずに、労わりの言葉一つかけることなく、 顔を背けてきたことに問題があるようです。

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