2019年02月12日

大阪なおみ、頂点の壁を破る

1681 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「大阪なおみ、頂点の壁を破る」

大阪なおみ選手は、四大タイトルのうち二つを立て続け
に優勝。自らの壁を破って世界の頂点に立った。

ところで日本の選手は、過去”いざ”という時勝てない
ことが多かった。技は飛びぬけているが、勝てない練習
をやっていた。
なぜ、世界の頂点に立つ日本人が少ないのか?
世界の頂点に立つためには、それまで正しいと考え
られてきた練習法を、改める必要があります。

「頂点に立てない練習」とは・・
①  効率よく沢山練習する   ②  満点にこだわる
③  メンタルを鍛える

これらは損得の思考であり、これまで誰もが正しいと
考えていたものです。しかし、脳の才能を発揮するには
良くないのです。

①の効率を求めすぎると、独創性がなくなり、
相手の予期せぬ技に対抗できなくなる。また、自分も
相手の意表を突くプレーができなくなる。

②の満点にこだわると、引き算で物事を考えるように
なり、無意識に守りに入ってしまう。

何れも、
日本人に共通する弱点です。
スポーツではよく「平常心」が問われますが、本当に
大切なのは「桁違いの考え」をすることなのです。

形に捕らわれない「桁違いの練習」をし、試合では
「自分はそこら一般の選手とは違う」と考え、臨むこと
が、頂点の壁を破るのです。

「相手の選手とは互角」と試合に臨めば、試合は抜きつ
抜かれつの展開になるでしょう。また「勝てる」と思え
ば、無意識に気持ちが緩み、逆転を食らってしまう。

平常心を心がけるより、「相手を飲み込んでしまうほど
の強い意思で、最後まで持続する」ことが大切なのです。

                       日大名誉教授・林成之「脳活マスター」より

2019年02月10日

ことば遊び 「落語・風呂敷」

■回  文
左から読んでも右から読んでも同じ回文
財政の無駄遣いと言えば、バブルの頃
全国のダム建設がやり玉にあがった。

「うかつにダムを引く 国費を無駄に使う」
「何や出来ぬ? 死ぬ気でやんな」
「私等は 怨念を晴らしたわ」
「責任を取る取ると恩に着せ」
「税 要らないなら いいぜ」



1680 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
ことば遊び 「落語・風呂敷」

江戸時代の落語の創世記からある、艶笑古典落語です。
戦前では、間男不義密通の不倫噺と、官憲の検閲を受け
た。
♪亭主熊五郎の留守に、かみさんが間男を引きずり込み
指つ指されつ、しっぽり濡れている。
男の方はおっかなびっくりだが、かみさん・・
長屋のカカアみんなやっていると、一向に気にしない。

稼ぎもしないで遊び歩く亭主に愛想が尽きたかみさん、
亭主を乗り換えて、おまえさんと添い遂げたいと、
気を引く。
馬肉や油揚げをたらふく食って、酒を飲み、
亭主は横須賀に行って帰りは明日と・・今夜はゆっくり。

と、路地のどぶ板を踏む足音・・
戸をトントン叩いて「おい、今けえった」
かみさん・・慌てて間男を戸棚に押し込んだ。
どうせ酔っぱらっているから・・スキを見て逃す算段。

亭主の熊五郎・・家に入るなり「たいそう御膳が出て
いるな」と戸棚の前に寝そべると、高いびき。
これでは戸が開けられないと、かみさんが困っていると
、そこに現れたのが鳶頭。

かみさん・・拝み倒して成ゆきを白状し、
「お願い、助けてくださいな」と頼むので、
鳶頭、見捨てる訳にもいかないと、
かみさんを外に出すと、熊をゆさぶり起こす。

寝ぼけ眼の熊に、かみさんは買い物に行ったとごまかし
『今日友達の家に行ったらな、おかしな話があったんだ。
  そこの亭主というのが、稼ぎもろくろく出来ねえから、
  かみさんが間男をくわえ込んだのよ・・』

「へえ、とんでもねえアマだ」
『どうせ宿六は帰るめえと思って、情夫を引きずり込ん
で一杯やっている所へ、亭主が帰って来たと思え。
で、そのカカアあわ食って戸棚に男を隠しちまった』
「へえ~」
『すると亭主酔っぱらってその戸棚の前に寝ちまった』
「そりゃ・・困ったろう」
『そこで俺が、かみさんに頼まれて、そいつを逃がして
やった』
熊がどんなふうに逃がしたか、聞かしてくれと頼むので
鳶頭『おめえみたいに寝転んでいたやつを、首に手を
         こうかけて起こして』 
「ふん ふん」
『キョロキョロしちゃあいけねえから、脇の風呂敷ィ
取って亭主の顔へこう巻きつけて・・
どうだ、見えねえだろう。そこで俺も安心して、
戸をこういう塩梅にガラリと開けた・・と思いねえ』

間男を出してやり、拝んでねえで逃げろ・・
と目くばせしておいて
『そいつが影も形もなくなった途端に、戸を閉めて、
それから亭主にかぶせた風呂敷を、こうやって・・』
とパッと取ると、熊が膝をポンと叩いて

「なあるほど、こいつはいい工夫だ・・
  どんな亭主か、面が見たい」

2019年02月07日

あきらめずに繰り返す

1679 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生 「あきらめずに繰り返す」

朝の連続テレビ小説「まんぷく」
スープ作りの目途が立ち、麺づくりに入って右往左往。

繰り返し、繰り返し、繰り返して「万策尽きた」
「これ以上できることはない」というところまでやる。
それでもあきらめず結果が出るまで挑戦する・・
限界まで挑戦する。

弱気になりあきらめた瞬間、本当の失敗が現れる。
失敗は「その問題を乗り越えるために必要な能力とは
何か?」を教えてくれる。

理性で考えると「これ以上やっても無駄・無理」となる。
失敗が何度も何度も続いて、絶望的な時でも、
「なにくそ!」と思えるかどうか・・理屈ではない。

失敗を恐れない・・失敗のすべてが経験になる。
繰り返し、繰り返し、繰り返し・・万策尽きたと思って
も、あきらめずに挑戦し続けた時、眠っていた
”潜在能力”が目を覚ます。

理屈ではないから、理屈では考えられない奇跡が起きる
のです。あきらめない限り失敗ではないのです。

失敗の連続は、成功への確率を高めていく。
エジソンの「成功は99%の失敗から生まれる」
の名言のように、失敗は「何をしてはいけないか」を
教えてくれるのです。 
                                          「感性論哲学」芳村思風語録より

2019年02月03日

問題は更なる成長のためにある

1678 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生
「問題は更なる成長のためにある」

どのような人生を選ぼうとも、問題のない人生などあり
ません。問題が大きければ大きいほど、乗り越えたとき
に大きな力になります。

問題のない人生が、正しい人生とはいえないのです。
問題のないことが問題なのです。問題を感じる感性が
鈍っているのです。問題があって当たり前なのです。

予想できないとんでもない大きな問題に出会った時
「天は、自分を大人物に育てようとしているのか・・」
と考える。
問題は天から与えられるもので、問題から逃げては
いけない。問題が出てこないことを願ってもいけない。
悩みや問題がないことが、決して幸せとはいえないので
す。
問題を乗り越えていってこその人生です。
問題のない人生では、成長はないということです。

これでもか、これでもかとやって、万策尽きたと思った
とき・・それでもあきらめずに「なにくそ!」と問題に
ぶつかっていく。
その時・・眠っていた”潜在能力”が目を覚ますのです。

問題にぶつかった時に何故か?問題を乗り越えるヒント
や、後押しをしてくれる人との出会いに恵まれる。
問題にチャレンジしていなければ、そうした出会いも
救世主も現れないのです。

簡単に乗り越えられる問題は、問題ではないのです。
乗り越えられないのは、「今の実力で」あるいは「今ま
でのやり方」でやっていたのでは、出来ないだけなので
す。
真の実力は、失敗の連続から生まれてきます。
入れ代わり立ち代わり現れて、悩ませる問題が己を
成長へと導くのです。 
                                          「感性論哲学」芳村思風語録より

2019年01月30日

事の成るは難苦の時にあり

■囲 碁

囲碁は経営に通じるところがあり、
古来、経営者のたしなみの一つに
されてきた。
全局を見ず、局地の戦いに囚われ、
こだわっていると、肝心の全局を
失ってしまう。

「肉を切らせて骨を断つ」
勝つためには自分も痛手を負う
覚悟が身につく。
指導者や経営者が大局観を養う
手段として重用した。



1677 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生/勝海舟

「事の成るは難苦の時にあり」
物事が思うようにならない時、人は、周りや環境のせい
にしたがる・・生まれた環境が、生まれ育った時代が
悪かったetc

本当にそうだろうか? 貧しい環境に生まれ育っても
成功する人もいる。恵まれた環境に育っても、人生に
失敗する人もいる。

失敗の原因を問うなら、理由はいくらでもつけられる。
しかし客観的に見ると、そうした理由だけではないこと
が多い。
「  事の成るは    難苦の時にあり
    人の敗るるは    多く得意の時にあり 」

勝海舟の言葉です。
難しいことが成功するのは、厳しい環境の中で艱難辛苦
に会っている時に、成功の種が播かれる・・
逆に失敗の多くは、順風漫帆で何もかもがうまくいって、
得意絶頂の時に種が播かれるのです。

人生七転び八起き・・不運や悪い環境を嘆くことはない。
むしろ、そうしたことの多い人ほど、大きな成功に向か
って、一歩一歩着実に歩みを進めているのです。

くじけたりせず、問題に力強く立ち向かって乗り越えて
いくなら、成功への道は自ずから拓けてくるだろう。
人生、苦難を数多く経験した人ほど、困難に遭遇した時
強さを発揮するからです。

苦難に遭遇し、追い込まれる中で、自らを深く見つめ、
人生の真の価値を見出していく・・
そこで何らかの悟りを得ることで、周りの軽薄な意見・
中傷に毒されることなく、自分を見失うことはないので
す。
”苦難またよし”の気持ちで、変転厳しい人生の荒波に
立ち向かっていこうではないか・・
 
                          小野信也「志の道/第三碑・勝海舟」より

2019年01月27日

ゴルフがうまくならないわけ

1676 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「ゴルフがうまくならないわけ」

「ゴルフを趣味に練習しているけれど、上手くならない」
これはアマチュアに共通する
悩みです。

練習ではそこそこうまくいっているのに、本番になると
出来ない。コツをつかんだと思ったら、別の悩みが出て
くる・・何をどうやったら上手くなるのか?
すぐに上達する魔法のような練習法を探しているうちに
迷路に迷い込んでしまう。

●やっても無意味な
上達しない練習を熱心にやっている
●飛距離を伸ばそうと、フルスイングの練習ばかりして
  いる
ドライバーで飛距離を出す練習も大切だが、
   ハーフスイングで思い通りの球が打てるように
   ならな いと、壁は破れない。

●なぜミスが出るわのか、原因がわからない
●プロゴルファーのスイングを真似ようとしている
身体能力の高いプロのスイングをアマチュアが真似る
   のは難しい。今の自分のレベルに合った練習をする

●いろんな人からアドバイスをもらい、練習している
●新シリーズのドライバーやクラブに買い替える
●練習はあまりしないのに、コースに出る回数が
多い
●練習場で出来ることが、本番では出来ない

●新しい理論に直ぐ飛びつき、やってみようとする
●いろんな打ち方をやろうとして、ゴルフを難しくして
   いる
●そのうちに上手くなると信じている

2019年01月24日

伊庭貞剛の経営哲学(3)

※参考
2017年6月1508号 「別子銅山跡を歩いて」 
                         1509号 「伊庭貞剛の名言」

 

1675  【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「伊庭貞剛の経営哲学(3)」

伊庭は「心の人」「徳の人」として、住友精神を実現し、
住友の近代化成し遂げ、住友財閥の基礎を固めた創業
社長です。
その伊庭が総理事に就任した時、幹部を集めて
部下を使う心得」4か条を訓示した。

1.「しきたりや先例に従うように」と、部下のヤル気 
     に水を差すな。
2.「自分を無視して事を進めた」と、部下の足を引っ 
     張るな。
     能力の低い上司ほど、部下が新しいことを始めたり、
     積極的にいい仕事をしようとすると、足を引っ張っ
     てしまう。
3.疑いの目で部下を見て、部下の挑戦意欲を縛り
      つけてはならない。
4.くどくど注意して、部下のヤル気を削いではならな
      い。
とかく年長者は”経験”という刃物を振り回して、
少壮者を威しつけようとする。
また少壮者の多くは、経験豊かな年長者の言動に
盲従してしまう・・しかし、これが大きな間違いです。

年長者は、少壮者の抱負や意見を採用せず、少しの
過失にも大仰に騒ぎ立て、経験豊富な自分でなければ、
何事も成しえないかのように、ふるまってしまう。

従って、事業の進歩発展を最も阻害するのは、青年の
過失ではなく、年長者・老人の跋扈(ばっこぐ)である。
また、後継者にいつまでも事業を引き継ごうとしないの
は、自分が先に死ぬことを忘れているからです。

2019年01月20日

伊庭貞剛の経営哲学(2)

※参考
2017年6月1508号 「別子銅山跡を歩いて」   
                         1509号 「伊庭貞剛の名言」

 

1674 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「伊庭貞剛の経営哲学(2)」

伊庭は明治27年の日清戦争勃発の年に、労働争議と
煙害に揺れ動く新居浜の地に、その問題解決の使命を
帯びて着任した。

赴任から僅か5年の間に、労働争議を解決し、煙害に
ついては精錬所を瀬戸内海の島に移し、ハゲ山になった
別子の山に、年間100万本に及ぶ大規模植林を行い、
山に緑を取り戻していった。

赴任中、鉱山が抱える様々な課題を次々解決した、
果断の経営者なのです。
伊庭は、重大な事を為すときに、以下「考慮すべき四つ」
があると、言葉を残している。

「 熟慮断行では足りない
     熟慮祈念放下断行が必要だ 」

『熟慮断行だけでは足りぬ。熟慮と断行の間に”祈念”
と”放下”の二つがなければならぬ』とよく言っていた。

彼は熟慮した後、断行しようとする際には、必ず住友家
の墓前に額ずいて報告し、祖先の霊に断行の可否を懇祈
した。
その後、すべての思量を断ち、一切放下して、念頭から
すべてが去るのを待った。

このあと、明鏡止水になった時、もう一度事の当否を
検討し、結果、いよいよこれが最善の策と確信を得た
段階で、初めて敢然とこれを実行した。

一般に「熟慮=理論」「断行=実践」のみで済まされる
が、この間の「祈念」「放下」の二つが欠けているため
に、しばしば間違った決断を下してしまい、事を仕損じ
てしまうのです。

2019年01月17日

伊庭貞剛の経営哲学

■伊庭貞剛(いばていごう)1847~1926 
  近江に生まれた明治の実業家で、住友二代目総領事。 
別子銅山中興の祖と言われ、煙害問題を解決し、  
ハゲ山を積極的に植林し、環境復元に心血を注いだ。
この植林事業が、現在の住友林業の礎になっている。
※参考
2017年6月1508号 「別子銅山跡を歩いて」
                         1509号 「伊庭貞剛の名言」



1673  【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「伊庭貞剛の経営哲学」

昨年の5月、ハイキングで登った愛媛の住友別子銅山は
栃木の三井足尾銅山、茨木の日立銅山と共に日本3大
銅山に数えられる。
1690年、元禄3年に採鉱が始まり、豊富な産銅量で
住友の発展と、日本の近代化に貢献した。

明治27年、別子銅山で大規模な労働争議が起きて、
容易に収まらなかった。
この難局を打開するために、伊庭貞剛を別子鉱業所
支配人に任命した・・47歳の時である。

過去、禅修行の経験のある伊庭は、禅の心得をもって
経営にあたった。
新居浜に赴任した伊庭。まず四畳半の草堂を建てて、
これに起臥して、毎日散歩をし、山に登っては降り、
草堂では謡曲をうなった。それ以外何もしなかった。

手ぐすねひいて待ち構えていた労働者や会社側は、
何たるのんきさかと、呆れかえるばかり・・
伊庭は、何を言われようが、毎日同じ日課を繰り返し、
山道で坑夫や人足に会うと「やあ今日は、ご苦労さん」
と挨拶した。
そのうち、不思議なことに人心は沈静し、大紛争も
しだいに収まっていった。

不信の塊となり離散した人心を一つにまとめるには、
(徳をそなえた)伊庭のありのままの姿を、みんなに
わからせる以外にない・・
そう思い、気長に根気よく日課やりを続けたのです。

2019年01月15日

イソップ寓話/ライオンに挑んだ蚊

■イソップ寓話

 
イソップは、約2500年前のギリシャの
奴隷でした。
「イソップ寓話」は、子どもたちのために
書かれたものではなく、大人のための
人生教訓の物語だったのです。

お上には一切逆らえない、弱い立場に
ある彼は、動物を例えにした寓話を
作って、周りの人に注意を喚起したの
です。


1672
【吉村外喜雄のなんだかんだ】  
「イソップ寓話/ライオンに挑んだ蚊」

●ライオンに挑んだ蚊
~調子のいいときが一番危ない~
 
一匹の蚊があろうことかライオンに挑戦状をつきつけた。
「俺は、お前なんか怖くないぞ!お前の方が弱いからさ。
  ウソだと思うなら勝負してみろよ」

ラツパを合図に、蚊はライオンの顔を攻めた。
鼻先には毛がない。
その柔らかいところを刺しまくったから、たまらない。
ライオンは、爪で自分の顔をかきむしり、
傷だらけになって降参した。

蚊は、勝利の凱歌をあげて、意気揚々と引き揚げていく。
ところが、有頂天になって気が緩んだのか、
クモの巣に
引っかかってしまった。

身動きできなくなった蚊は、
「いちばん強い者を破った俺が、クモなんかの餌食に
なるなんて・・」と悔しがった。

```````````````````````````````
調子のよい時が一番危ない・・油断せずに気を引き締め
よ・・
順調に希望が叶い、成功に酔いしれたときに、つい気が
緩む。その心のスキが致命的失敗を招くことになる。
日本にも「勝って兜の緒を締めよ」のことわざがある。

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