2018年01月18日

おかげさまで

■「寒い」と思うのは・・

北海道北端の知床の1月は、海水温の影響でマイナス
3~4度・・プラスの日もあるという。私たちが思って
いるほど寒くないのです。
2月上旬、知床に流氷が押し寄せると、気温は一気に
下がりマイナス10度になる。そして「今年も冬が来た
」と挨拶を交わすのです。

金沢は、昭和56年の大豪雪以降雪が降らなくなった。
平均気温は4~5度と暖かく、氷が張ることもまれ。
しかし、みんな「寒い寒い」と言う。
蔵王のー20度の耳がちぎれる寒さの中でスキーを楽し
み、毎年正月、伊豆や伊勢の海に潜っていた私には、
北陸の冬は寒くないのです。



1569 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生 「おかげさまで」

~ おかげさまで ~

夏になると   冬がいいという
冬になると   夏がいいと思う

ふとると   やせたいと思う
やせると   ふとりたいと思う

いそがしいと   ひまな方がいいという
ひまになると   忙しい方がいいという

自分に都合のいい人は   善い人だとほめ
自分に都合が悪くなると   悪い人だと敗す

借りた傘も    雨が上がれば邪魔になる
金が貯まれば    古びた女房が邪魔になる

衣食住   昔と比べれば天国なのに
上ばかり見て   不平不満に明け暮れる

隣を見て    愚痴ばかり
どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい    一体自分は何なのか

両親のおかげ    先生のおかげ
世間様のおかげのかたまりが    自分ではないですか

つまらぬ自我妄執を捨てて    得手勝手を慎んで
俺が俺がの「我」を捨てて
おかげさまで    おかげさまの心で暮らしたい

2018年01月14日

心やすらぐ座禅(2)

  春は花 夏ほととぎす
  秋は月
  冬雪さえて冷(すず)しかりけり  
        
                                   道元禅師



1568 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
心と体の健康 「心やすらぐ座禅(2)」


禅は心に変化をもたらします・・ストレスに囲まれた
現代社会において、自分を見失い心を病む人が後を
絶たない。
禅は「成果に囚われるでない、こだわるでない!

教えます。成果に囚われなければ、業績が出なくても
自信を無くさずに済むのです。

禅は人間関係に良い影響をもたらします。
坐禅に集中し、何も考えず無になろうとするが、自分に
嫌なことや恥ずかしいこと、恐怖や欲望、悲しみなどが
次から次と浮かんできます。

反対に幸せなことや、嬉しかったことも現れてきます。
様々な思いに向き合っていると、自分の心の奥底の
潜在意識、観念に気づくきます。

例えば、人から善良で立派人間に見られたい・・
そんな心に支配されている自分に気づき、行動を慎む
ようになります。
人の目を気にするあまり、無理をしている自分に気づき
、人間関係の悩みが驚くほど改善した例もあります。

坐禅は回数を重ねていると、しだいに心がおおらかに
ってくる。それまでは「こうしたい・・こうあるべき
だ」と、自らの価値観を人に押し付けたり、干渉したり
していた。
自分とうい人間に気づかず、周囲の欠点ばかりに目が
いき、不満やストレスを蓄積させてはいなかったか・・
あるがままに受け入れると、人を尊重できるようにな
る。
坐禅をすることで気持ちの整理ができ、解放されるので
す。
エゴに囚われた生き方をしていると、自分の周りが見え
なくなる。坐禅を通して、自分自身を見つめると、他人
がよく見えてくる。
自分と向きあうことで、自分自身を知ることができるの
です。
                                            NHK「心が安らぐ神秘の世界」

2018年01月10日

心安らぐ座禅

世界の指導者が「禅」に目覚めたなら、
あらゆる紛争はなくなるだろう。

諸縁を放捨し 万事を休息して
   善悪を思わず 是非を管することなかれ

                                           道元禅師

過去・現在のすべて、民族が数百年、数千年
抱えてきたものすべてを手放して、心を休め 
ただ黙って坐り、心穏やかに瞑想すれば 
あらゆる怨念、しがらみを乗り越え、
平和に暮らせる道筋が見えてくるだろう。 



1567 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
心と体の健康「心安らぐ座禅」

禅修行・・日々の修行の中心となる”坐禅”
朝・昼・晩、雑念にとらわれず、ひたすら自己を見つめ
ます。
起きてから寝るまで、生活のすべてが修行です。
寺の内外の清掃・作務(さむ)は、単純作業に打ち込む
ことで心が静まると言われています。

曹洞宗の開祖で、禅の修行寺・永平寺を建てた”道元”
の「禅の教え」は・・
禅とは、自分の心を真摯に見つめる修行。
    自分の周りの世界も真摯に見つめられ、
    思いやりや協調性などにも繋がる
  」

永平寺の僧などが、アメリカやヨーロッパ、東南アジア
で禅の普及に努めているが、今では「ZEN」は本来の
禅のほか「穏やか」という意味の英語、フランス語など
になり、定着している。

西洋の価値観や物質主義で人は幸せになれるだろうか?
疑問を持った「ヒッピー」などが、西洋にはない価値観
を仏教に求め、禅に傾倒した。
各所に坐禅を目的とした禅センターが創られ、異国の
地に禅が受け入れられていった。

坐禅を組むと、心拍数が穏やかになり、血圧が下がる。
ストレスホルモンの分泌が止まり、心がおだやかになる
・・身体の医学的効果が実証されている。

結跏趺坐
(けっかふざ)・・腰骨を立て、背筋を伸ばして
坐る・・坐禅の基本であるこの”姿勢”に、医学的効果
が認められるのです。

坐禅を組み、煩悩だらけの自分に気づくだけでも、
生き方が大きく変わっていきます。
煩悩と欲望に振り回され、生きていく人間にはなりたく
ないものです。

坐禅の瞑想で心を静めることで、「他人の痛みを共有
できる人間」になることができ、それまでの価値観や
人生観に大きく影響するのです。 

                                              NHK「心が安らぐ神秘の世界」

2018年01月07日

永平寺で座禅(2)

■道元が説く禅

  坐禅は、自分の心を真摯に見つめる修行です。

  修行によって、自分の周りの世界も真摯に見つめる
  ことができるようになり、それが、思いやりや協調性
  などに繋がっていく。



1565 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「永平寺で座禅(2)」

福井県の曹洞宗大本山永平寺は、鎌倉時代に10万坪
の広大な敷地に、禅の修行道場として建てられた。

永平寺には何度か訪れたが、ゆっくり見学すると1時間
はかかる。一歩中に入ると、禅修行を目的に建てられた
だけに、寺は静寂に包まれている。

長い歴史の積み重ねが、お寺全体に漂う空気となって
伝わってくる・・心は穏やかになり、落ち着いてくる。

永平寺を開いたのは、曹洞宗の開祖”道元”です。
(1200 ~1253)
中国で学んだ禅を日本に持ち帰り、独自の教えを説い
た。
早朝4時、僧侶が鈴を鳴らして廊下を駆ける音から
1日の修行
が始まる。日々最も大事にされる修行は
”坐禅”です・・
朝・昼・晩坐禅が繰り返される。

人は、エゴや我欲に囚われ、自分も周りもわからなく
なっ
ている。禅は、心が安らぐ神秘の世界です。
坐禅の目的は、欲や雑念にとらわれず、自己を見つめる
ことにある。
道元は「日々の生活すべてが修行」であると説いている。
毎日の清掃”作務”もその一つです。
単純な作業に打ち込むことで、心が静まるのです。

日頃一所懸命仕事に集中し、打ち込んでいる・・
その姿が、禅修行に於ける”作務”と同じな
のです。

2018年01月04日

永平寺で座禅

■世界から支持される”禅”の魅力

禅は、宗教というより、生き方や世界観、
仕事観などに心を整えて、自己と向き合う・・

気持ちの整理ができ、囚われていた観念や
価値観から解放される。
「あるがままに受け入れる」ことで、悩みが
消えていく。
自分自身を見つめていると他人が見えてくる。
自分自身を理解すると、人関関係が良くな
ってくる。



1565 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「永平寺で座禅」

昨年の秋、福井県・永平寺の1泊2日体験道場に参加
した。坐禅は1回40分・・細かい作法に則って行われ
る。
坐禅の心得で大切なことは「只管打」(しかんたざ)
「ただひたすら坐る」という意味です。
坐禅は、心と体を一つに、坐ることに成りきることに
ある。
坐禅を始めたら、まず呼吸を整えます。
吸って吐く・・その単純な動作に意識を集中します。

呼吸の作法に従い何も考えず無心で、自分の内面と向き
合います・・緊張がほぐれてきます。
何も考えまいとしても、雑念が次々湧いてくるが、
気にしない・・僧侶は心得を説く。

「迷いを吹っ切るためとか、悩みを解消させるために
  坐禅をするのは、きっかけとしては良いのですが、
  本来の座禅はそれが目的ではなく、何も考えず坐禅
  のために座禅を行います」

「悟りを得ようと坐禅をするなら、それは煩悩です。
無心で座禅に臨まなければ、安らぎは得られません」

食事は精進料理・・食べることもまた修行。
食事中は一切無言で、きちんと食材に向き合い、いただ
きます。箸や食器の持ち方にも細かい作法があります。

一日3回、朝・昼・夜、座禅を組んで就寝です。
2日目、修行が始まるのは朝4時・・僧侶が修行を
始める時間と同じです。

禅の魅力に引き寄せられ、永平寺の坐禅に参加した。
普段とは全く違った時間と空間を体験し、心の洗濯が
できた2日間でした。

2018年01月01日

「道元・仏道をならうとは

明けましておめでとうございます
本年もよろしくおねがいします



1564 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
心と体の健康 「道元・仏道をならうとは」

~ 年の初めに ~

曹洞宗の開祖・道元禅師は、生涯に87巻の仏教思想書
を著した。以下は「正法眼蔵・現成公案」から・・

仏道をならうというは   自己をならうなり

自己をならうというは   自己をわするるなり

自己をわするるというは   万法に証せらるるなり

万法に証せらるるというは   自己の身心および

他己の身心をして   脱落せしむるなり

仏道を修行して進んでいくということは、
自分の本当の姿を見つめることである。

自分の姿を見つめるということは、自分の物の見方や
考え方・生き方から離れて、自然の中から自分をみつめ
てみることである。

自己を忘れることは、答えを自分の中に求めないこと。
大自然に生かされている自分の姿に気づくこと。

仏の世界から見れば、すべてがかけがえのないもので
ある今を生きていること。

2017年12月28日

国の重要文化財になった母校

■「吉村外喜雄のなんだかんだ」

今日のメルマガ、2017年の最終号です。
中小企業家同友会、日創研の研修などで
長年学び、書棚に仕舞い込まれたテキスト
に、カセットテープが約1000巻。

振り返ることをしなければ、生かされること
もなく、いずれは処分されることに・・
もったいない!
こうした学びの数々を再度手に取り、ブログ
に整理して残しておこうと、2002年に始めて
15年になります・・来年も続けていきます。




1563 【吉村外喜雄のなんだかんだ」
「国の重要文化財になった母校」

今朝の北国新聞に、私の母校紫錦台中学校が先月末
「旧第二中学校本館」として、「国重要文化財」の指定
を受けたと、写真入りで大きく掲載された。

校舎は明治32年、兼六園の奥石引三丁目に、石川県
第二中学校(第一中学は現・泉が丘高校)として建てら
れ、当時の建屋がそのまま現存する、全国でも珍しい
校舎です。
校舎前には、兼六園に導かれる辰巳用水が流れ、
校庭の
松・梅・桜の大木が、歴史を感じさせてくれる。

本館は明治の面影を残す洋風2階建。正面玄関両サイド
屋根上の三角形の”尖塔”が特長で、2中時代から
「三尖塔校舎」の愛称で親しまれてきた。

        bld_01

昭和23年、戦後の学制改革で旧制中学校は全て廃校に
なり、錦町に新しく錦丘高校が創立され、
引き継がれた。
旧2中校舎は、新制紫錦台中学の校舎になり、私は昭和
32年第9期卒業生です。

その頃はまだ本館の後ろに講堂、本館を”コの字”に
挟んで、歴史の香りが残る、2階建てのしょうしゃな
教室が並び、階段教室もあった。

戦後のベビーブームの少し前の卒業ですが、それでも
卒業生は593名11クラスもあって、誰が同期だった
か今も分かりません。

その後の生徒の増加が急で、教室不足に陥り、歴史ある
校舎も惜しげなく取り壊され、味気ない鉄筋校舎に建て
替えられていった。

2017年12月24日

ことば遊び 「落語・猫の皿」

1562 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
ことば遊び 「落語・猫の皿」

落語に出てくる「道具屋」弥太郎は、大変なお人好しだ
が、猫をだしにして旅人から3両巻き上げる、したたか
な爺さんもいる。柳家小三治の十八番ネタです。

♪ある道具屋、御維新このかた、あまりいい掘り出し物
が見つからないので、官軍が来ると、江戸を逃げ出した
人たちが、田舎に逸品を持ち出したに違いないと、
地方をずっと回っていた。

中山道を歩いていたとき、茶店があったので休んでいく
ことにした。
そこの親父、旧幕時代は根岸辺に住んでいて、上野の戦
を避けてここまで逃れてきたが、せがれは東京で所帯を
持っているという。

よもやま話しているうちに、何気なしに土間を見ると、
猫が飯を食っている・・皿を見て道具屋、内心驚いた。
絵高麗の梅鉢の茶碗といって、下値に見積もっても
3百両は下らない品物。

とても猫に飯をあてがうような皿ではない。
さてはこの親父・・皿の価値を知らないと見て取った
道具屋、何とか格安で皿をだまし取ってやろうと考え、
急に話題を変え・・

「時に親父、いい猫だねえ・・
  こっちへおいで、ハハハおまえのところの猫かえ」
『へぇ、猫好きですから5、6匹おります』

そこで道具屋、ぜひこの猫を譲ってほしいと持ちかけた。

親父が妙な顔をしたので、「ハハン、これは」と思って
「ただとは言わない、3両でどうだい・・」
ここが勝負どころと押すと・・しぶしぶ承知した。

さすが道具屋は商売人・・興奮を表に出さずさりげなく
「もう一つお願いがあるんだが、その皿も一緒に
  くれないか」
ところが親父しらっとして『それは差し上げられない、
皿ならこっちのを』と、汚い欠けた皿を出す。

あわてて「それでいい」と言うと、『だんなはご存知な
いでしょうが、これは私の秘蔵品でして、絵高麗の梅鉢
の茶碗、3百両は下らない品・・3両じゃ譲れません』

「ふ~ん、何でそんな結構な皿で猫に飯を食わすんだ」
『それがだんな、この茶碗で飯を食わせると、
  何故か猫が3両で売れますんで・・』

2017年12月21日

未だ木鶏たりえず 余談

■「罪を憎んで、人を憎まず」

中国・孔子/孔義子の刑論
「古之聴訟者、悪其意、不悪其人」

( 裁判所では、訴訟を取り裁くとき、
  罪人の心情は憎んだが、人そのもの
  は憎まなかった )

キリスト教「ヨハネ福音書8章」にも
この言葉があり、日本では聖書の
一節の方がよく知られている。



1561 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「未だ木鶏たりえず 余談」

少し古い話題になるが、2015年2月25日、衆議院
予算委員会で民主党議員が、西川農水相の政治献金問題
を追究し、委員会は紛糾していた。

安倍首相は答弁に立ち、『”未だ木鶏たりえず”という
気持ちだ・・国政の舵取りを誤らないよう、しっかり
国政に当たりたい』と述べた。

安倍首相の「木鶏」発言は、1939年横綱・双葉山が
70連勝がかかった一番に敗れた時、安岡正篤氏に
打った電報「イマダモッケイタリエズ」の引用です。

「木鶏」の原典は中国の「荘子」・・中國メディアは、
首相が中国の古典を引用したことに敏感に反応したが、
おおむね好意的だったという。

また少し前の2005年、当時の首相小泉純一郎氏が、

靖国神社を参拝したことに関連して・・
孔子の「孔義子の刑論」の「罪を憎んで、人を憎まず」
の1節を小泉首相が引用したことに、人民日報は・・

「軽い罪を犯した人間なら生かそう。それが出来ないな
  ら”刑”に処す」と同文の後に続く文章があることを
指して・・小泉首相はもっと勉強すべきだと皮肉った。

2017年12月17日

故事から学ぶ 「未だ木鶏たりえず」

■「木鶏子夜に鳴く」

木彫りの鶏のように、心は落ち着きはらい、
人知れず努力を重ねることのできる人で、
縁の下の力持ちになれる人を言う禅語です。

人が寝静まった真夜中に、人知れず努力
を重ねる・・
誰にも褒められず、認められなくても、
自らの役割を全うする・・”陰徳”と賞賛
される禅の境地を「木鶏子夜に鳴く」という。


1560 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
故事から学ぶ
「未だ木鶏たりえず」

横綱・日馬富士が暴行問題で引退する事件が起き、
角界は激震に揺れている。

優勝回数40回の大横綱白鳳が、今だ抜くことのできな
い、偉大な記録を保持する横綱がいる。かって69連勝
の偉業を
成し遂げた大横綱・双葉山である。

第35代横綱・双葉山が安芸の海に敗れ、69連勝に
終ったとき、昭和の偉大な政治学哲学者・安岡正篤氏に
充てた言葉は・・「われ未だ木鶏たりえず

”木鶏”とは、中國の”荘子”に由来する言葉です。
闘鶏の戦いに臨み、木彫りの鶏のごとく、全く動じない
強さを秘めた、最強の鶏のことを言います。

♪紀悄子(きしょうじ)という鶏を育てる名人がいた。
王様からの下問に答えて、最強の闘鶏について説明した。

紀悄子に鶏を預けた王様は、10日ほど経過した時、
仕上がり具合について下問した・・すると紀悄子は
「まだ空威張りして闘争心があるので、いけません」

更に10日ほど経過して、再度王様が下問すると・・
「まだいけません・・他の闘鶏の声を聞き、姿を見た
  だけで、いきり立ってしまいます」と答えた。

更に10日経過したが、
「目を怒らせて、己の強さを誇示しているから、
  話になりません」と答える。

更に10日経過して王様が下問すると・・
「もう良いでしょう・・他の闘鶏が鳴いても、全く相手
  にしません。まるで木鶏のように泰然自若としてい
  る。その徳の前に、かなう闘鶏はいないでしょう」
と答えた。

荘子は、人の道に則した人物の陰喩として木鶏を描いて
いる。道を体得した人物は、他人に惑わされることなく
鎮座しているだけで、衆人の範となることを言い表そう
としたのです。

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