2020年08月10日

新型コロナウイルス感染者の証言(2)

1839 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「新型コロナウイルス感染者の証言(2)」

39度の熱が出た。近所の医院で診てもらい、薬を飲んだら
熱が下がった。
1日様子をみて、次の日も平熱だったが、とりあえず保健所
に熱があったことを伝えたら、「自宅で様子をみてください」
と言われた。

10日、夕食の支度中、匂いが感じられないことに気づいた。
香水をつけても匂いが全くしない
ので、保健所に直ぐ連絡
した。
そしたら「かかりつけ医に判断を仰いで、こちらに連絡して
ほしい」と言われたので、直ぐに、かかりつけ医から保健所
に連絡してもらった。

保健所からも直ぐに連絡が来た。
「PCR検査を受けられる病院へ、公共交通機関を使わず
   に行ってください」と言われたのです。

女性は4月13日に感染が確認され”軽症”とされた。
医療崩壊を防ぐため、軽症の人は原則、自宅、又は
指定したホテルで療養することになっていた。

女性は自宅で過ごすことを選んだ。
主人には実家に行ってもらい、家には私1人だけ。
薬もまだできていないし、これからどうなるか不安が募る。

私はまだ軽症者なので、苦しい思いをせずに過ごせるが、
治らなかったらどうしよう・・
いつになったら家族に会えるんだろう・・不安がつのり、
眠れない夜が続いた。

健康観察期間は2週間。症状は治まり、自宅療養も
終わりが見えてきた。
主人も濃厚接触者として、14日にPCR検査を受けた。
17日、陰性と判明した。

その報告が保健所から来たとき、「私は次にいつ検査がある
んですか?病院から連絡があるんですか?」とお聞きしたら、
「軽症の方の検査はありません」と言われてしまった。

更に「保健所から手が離れているので、今後何かあれば
”自宅療養サポート窓口”に連絡して下さい」と言われた。

2020年08月08日

新型コロナウイルス感染者の証言

■うがい薬

5日午後のTV報道で、ポピドンヨードを
有効成分とするうがい薬が、新型コロナ
に対する抗ウイルス効果があり、
海外の試験で99%効果が認められたと、
お茶の間に流れてきた。

直ぐにキリン堂に行ったが、売り切れ!
アオキも売り切れで買えませんでした。



1838 【吉村外喜雄のなんだかんだ】

「新型コロナウイルス感染者の証言」

新型コロナウイルスに感染者した女性の証言です。
女性が発症したのは4月上旬。感染対策は意識していた。

発症したときはまだ緊急事態宣言が出されていなく、連日
安倍首相や小池都知事の「3密を避けてください」との報道
が流れ、週末の外出自粛呼びかけもあって、かなり緊張感
が高まっていたと思います。

手洗い、うがい、帰ってきたら直ぐにお風呂に入って、
ウイルスを落とそうと、対策は十分とっていたと思います。

発症する十日くらい前に除菌用品を買いに行ったが、
品切れしている店が多く、何件も探し回った。
混雑しているドラックストアに自分から出かけて行って、
買い物の途中で感染したかもしれないのです。

4月6日、出勤前にいつものように体温を測ると、平熱
より少し高い36度8分・・症状は1日で一気に悪化した。

熱は8度まで上がって、寒いんです・・寒くて寒くて、
なのに体は熱い、なんか変な感じ。節々が痛み、インフル
エンザよりひどい感じ・・夜も眠れなくて、目の奥が熱い。

体の節々が全部痛い・・痛くて痛くて、明け方骨が折れた
んじゃないかと思った。歩くのも痛くって、起き上がっても
痛かった。
次の日の朝体温を測ったら39度まで上がっていた。
これはまずいと思い、近所の医院に電話して診てもらった。

「発熱して2日目なので様子をみてください」と言われ、
薬をもらった。薬を飲んだら、次の日平熱に戻っていた
んです。
1日様子をみて、次の日も平熱だったので、とりあえず
保健所に、熱があったことを伝えた。
そうしたらやはり「様子をみてください」と言われた。

                                                            次号に続く

2020年08月04日

運命は変えられるか(2)

■安岡正篤

安岡正篤は戦後、政財界のリーダーから
師と仰がれ、精神的支柱となった陽明学者・
哲学者・思想家です。
その教えは人間学を中心に、日本の進む
べき方向を示した。


1837 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
幸せな人生 「運命は変えられるか(2)」

誰もがその気になれば、人生を変えることが出来る。
念じた想いを本気で毎日、毎日やり続けることだ!
と保岡正篤は説いている。

善きことをやり続けていれば、人生が変わり、運命が
変わるのです。
反して、人に迷惑をかけ、自分一人が幸せになる生き方を
するなら、宇宙の摂理に逆らい、うまくいくはずがない。
それどころか、大きな災難に合うだろう・・

逆境に耐え、日々努力を怠らず、明るい未来を信じて
生きる
なら、人生は開けてくるのです。

「人もうらやむ幸運に恵まれ、成功を手にした・・」
これは自分が優れていたからではない。時代の後押しと、
妻や周りの暖かい援助と、謙虚に努力を積み重ねたから
なので す。

全てが思い通りに順調な時、自分の才覚によるものと錯覚
し、傲慢になり、更に欲望がつのって、人の意見に耳を
貸さなくなったとき・・
運に見放され、手にしたはずの全てを、失うことになるの
です。
神様から与えられた”幸運”を、多くの人に分け与え、
優しく思いやりの心で接するなら、更に幸運に恵まれ、
明るい未来が開けるのです。

2020年08月01日

台湾の李登輝・元総統逝く


1836 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「台湾の李登輝・元総統逝く」

7月30日、台湾の民主化と台湾化を追及し続けた李登輝
(リトウキ)元総統が死去した。

2007年5月、「奥の細道」ゆかりの地を巡るため訪日した
李登輝氏。
「 日本人は自然に調和する心、高い精神性を持つまれな
   民族だ。日本人に生まれたことを自慢に思いなさい 」

「 私は22歳まで日本人だった 」が口癖だった李氏は、 
日本統治下の台湾に生まれ、京都大学に学んだ。
日本名は”岩里政男”

農業経済を研究する一方、「古事記」「源氏物語」などの
日本の古典、世界の文学作品、西田幾多郎鈴木大拙
マルクス、エンゲルスらの哲学・思想にも触れた。

戦後台湾に戻ったが、人口の8割を占める李氏ら台湾人は、
大陸から逃れてきた国民党政権による統治を受けた。
台湾に生まれながら、台湾のために何も出来ないことを
悲哀したが、それを民主化の原動力に変えた。

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1988年から12年間台湾総統に・・在任中強力に推し進
めた民主化により、96年国民による総統の直接選挙を実現。
李氏はその選挙に勝ち、自ら台湾初の”民選総統”になった。

李氏は後に「 一滴の血を流すことなく、6度の憲法改正を
経て”静かな革命”を成就させた 」と回想している。

「 新渡戸稲造の『武士道』が、自分や台湾が危機に直面した
   時、常に新たな認識を与えてくれ、私を公のために尽くす
   人間に育てあげてくれた。
   22歳まで日本人として培った素養で民主化を実現した 」

中国は、台湾独立派の李氏を激しく非難し続けたが、
決して揺るがなかった。
「 民主主義と自由は、人類の文明にとって最も重要な価値
   観であり、平和と安定、繁栄と進歩をもたらす基盤だ。
   中国は、富と軍事力による、かりそめの繁栄をけん伝して
    いる 」
日本人として生まれ、台湾人として生きた李氏は、自ら台湾
に根付かせた「民主・自由」こそが世界共通の価値観であり、
中国をも変えうる・・
と信じていた。

                                                         7/31読売新聞からの抜粋

2020年07月29日

運命は変えられるか?

1835 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
幸せな人生 「運命は変えられるか?」

人生は運命に左右され、変化していく。
一方、変えられないのは”宿命”です。生まれながら
背負って、生きていかねばならないのが”宿命”です・・
変えることができません。

しかし、運命はいくらでも変えることができます・・自分の
努力次第で、変えることができるのです。戦後政財界から
師と仰がれた哲学者で教育家の”安岡正篤”は、
善きことを重ねると、因果の法則によって運命は
変え
  られる
」と説いている。

以下の3つの何れかを体験すると、誰でも運命を変える
ことが出来るのです。

(1)死と隣り合わせの病気や事故を体験した

私は不治の病で病院の隔離病に入れられていた。
病棟の患者が次々亡くなっていくのを見た。
     あと何年生きられるだろう・・
青春期の体験から死生観が芽生え、その後の生き方、
考え方の柱になった。

海で溺れた私の従弟・・3日後病院のベッドで目が
覚めた。「美しいお花畑を渡ろうとしたら、後ろから
 
呼び止められよみがえった」と臨死体験を語っている。

(2)辛酸を舐める辛い体験をした

満州で裕福に暮らしていた私の叔父。
敗戦で全てを失い、命からがら妻子を連れて私の家に
転がり込んできた。その後、叔父夫婦は身を粉にして
働き、店を4店舗構えるまでになった。

誰も、こんな体験をしてまで人生を変えたいとは思わない。
あと一つその気になれば、人生を変えることが出来る方法
があります。それは・・

(3)本気で念じた想い・志を、毎日毎日やり続ける

   
自分が得意なことを見つけて、日々寝食を忘れ没頭す
る。すると、運命を変えることができるのです。

    ・10年/偉大なり  
    ・20年/恐るべし
    ・30年/語り継がれ歴史になる
    ・50年/神のごとし
 


                                      ~鍵山秀三郎語録~

2020年07月24日

寓話/お釈迦さまに救われた女

1834 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
大乗仏教の教え
「寓話/お釈迦さまに救われた女」

インドのコーサラ国にガウタミーという女性がいました。
彼女には男の子が一人いました。
結婚後子供に恵まれなかったが、ようやく授かった子ども
です。
彼女の可愛がりようは常軌を逸していた。
その、よちよち歩き始めたばかりの可愛い男の子が、
突然死んでしまった。

ガウタミーは、子どもの死体を抱えて町中を走り回ったた。
彼女は狂ったように叫んだ・・
「どなたか、この子が生き返る薬を持っていませんか?」

抱えた子どもは腐り始め、臭いがしだした。
それでも死体を離さなかった。
『女よ、私がその薬を作ってあげよう・・』

通りがかりの人が、そう声をかけた・・お釈迦さまです。
お釈迦さまはガウタミーに
『薬の原料となるカラシ種を貰ってきなさい』
とお命じになった。
但し『これまで死者を出したことのない家から貰ってきた
ものでないと効かない』と言われた・・

ガウタミーは家々を訪ねて回ります。
「お宅では死者を出しましたか・・?」

訪れるどの家もどの家も、すべて死者を出している・・
ある家では、昨年子どもが死んだと聞かされた。
夫が亡くなったと、涙ながらに語る妻もいた。

ガウタミーの狂気は、少しずつ鎮っていった。
悲しみに打ちひしがれているのは、自分だけでないことに
気づいた。
どの家も、じっと悲しみに耐えて生きている・・
ガウタミーは、お釈迦様のところに行った。

釈迦『女よ、カラシ種を持ってきたか?』
「いいえお釈迦さま、もう薬はいりません・・
この子をダビに付します」

ガウタミーは、力強くそう答えた。

2020年07月18日

寓話/三尺三寸箸・地獄と極楽の話

1832 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
仏教の教え
「寓話/三尺三寸箸・地獄と極楽の話」

法話によく使われる「三尺三寸箸/地獄と極楽の話」です。

昔ある男が、地獄と極楽の見学に出かけました。
最初に地獄に行ってみると、そこはちょうど夕食の時間で
した。食卓には、罪人たちが向かい合い並んで座っていま
した。
テーブルには、粗末な料理が出されていると思っていたら、
何と、豪華な料理が山盛りに並んでいるではないか・・

なのに罪人たちは皆、ゲッソリ痩せこけている。
不思議に思ってよく見ると、彼らの手には1メートルもあ
る長い箸が握られていた。

罪人たちは、長い箸を必死に動かして、つまんだご馳走を
口に入れようとするが、どうにも入りません。
イライラして怒り出す者や、隣の人がつまんた料理を奪お
うとする者など、醜く争っているのです。

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男は次に極楽に向かった。丁度夕食時で、極楽に往生した
人たちが、仲良く食卓に並んでいた。
もちろん料理は山海の珍味です。

極楽の人は皆ふくよかで肌も艶やか・・
ふと箸に目をやると、地獄と同じ1メートルの箸を持って
いた。一体地獄と極楽何が違うのだろう?と疑問に思い
ながら、食事が始まるのを待っていた。

直ぐにその謎が解けた・・極楽の人は、長い箸で挟んだ
ご馳走を「どうぞ」と言って、向かい側の人に食べさせて
いる。
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「ありがとう」とほほ笑んだ相手は、「何がお好きですか」
と、自分にも食べさせてくれました。
なるほど・・男は「極楽の人は心がけが違うわい」と感心
した。
同じようにテーブルを囲んで、一方は「自分のことのみに
囚われ、傷つけあっている」。
もう片方は「相手を思いやり、思いやられ、感謝し、感謝
され、和気あいあい」みんな仲良く夕食を楽しんでいた。

2020年07月15日

仏教の教え「”お盆”の由来」

■新盆と旧盆
私の家族は7月15日の新盆に墓参りをする。

石川県は能登から加賀まで全て8月15日
の旧盆にお参りをします。
新盆にお参りするのは、犀川と浅野川に
囲まれた市の中心部の家庭だけ・・

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お墓の前に金沢伝統の「箱きりこ」を吊る
し、ロウソクを灯します。

4~5年前から、雨に当たると張ってある
紙が敗れるし、後片付けが大変と、伝統の
箱キリコが姿を消し、情緒のない板きりこ
に取って代わるようになった。
 
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1832 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
仏教の教え「”お盆”の由来」

亡き父母に会う”お盆”の由来は、「孟蘭盆経」の説話に
よります。
♪お釈迦様の弟子の”目連尊者”が、初めて”神通力”を
得たときのこと・・
目連尊者は、亡き父母に何かできないものか?と思い、
得意の神通力を使って探したところ、餓鬼道で飲み食い
出来ずに、苦しんでいる母親を見つけました。

そんな母親を助けたいと、目連尊者は、鉢に盛ったご飯を
差し出します。でも、ご飯を口に入れようとすると、ご飯が
炭になってしまい、食べることが出来ません。 

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号泣した目連尊者、母親を救う手立てをお釈迦様に尋ねた。
すると、お釈迦様「あなたのお母さんは罪が重かったので
しょう・・あなた一人の力ではどうにもなりません」と諭した。

そこで釈迦は、旧暦の7月15日(現在の8月半ば頃)に、
徳を積んだ僧侶にお布施をすることを教えた。
そうすれば、父母もご先祖も三途の苦しみから逃れられ、
時に応じて解脱し、衣食にも困らなくなると言われた。

その通りに実行すると、母親は餓鬼道から逃れることが
でき、無事往生することが出来た。
目連尊者は大いに感謝して、この習わしを後々まで残し
続けることにした・・これが”お盆”という行事の由来に
なった。
お盆に、お供え物を盆に盛り、ご先祖を供養すれば、
その功徳によって、先祖は苦しみから救われ、今を生きる
私たちも幸せを得ることができるのです。

2020年07月14日

伊藤忠商事・初代の初心

■「てんびんの詩」

30年前、竹本幸之助の脚本で映画化された
「てんびんの詩」
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近江商人の家に生まれた少年”近藤大作”が、
小学校を卒業した日、天秤棒を被いて鍋蓋の
行商に出る話。
失敗・挫折を乗り越えて、商人の心を知るまで
を描く。 
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社員研修で何度も上映したが、あふれ出る
涙をこらえるのが大変でした。

 

1831 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「伊藤忠商事・初代の初心」

伊藤忠商事初代・伊藤忠兵衛は、1842年滋賀県
豊郷村の、近江商人五代伊藤長兵衛の次男に
生まれた。
忠兵衛15歳の時、天秤棒を担いで行商を始めた。
この年を伊藤忠商事創業の年としている。

[  初代の初心 ]

   1858、15歳で旅に出た。大阪へ、紀州へ。
   郷里近江の麻布を商う旅へ。
   年を経て、下関や長崎まで商いを広げる中で、
   少年は気づき、学んでいく。

   商いとは何か。ただ物品を届けるだけではない。
   求められるものを、求める人に、求められる形で、
   お届けすること。

   やがて生まれる信頼。喜び。満足。その先にある、
   何かもっと尊いもの。すべての人々の役に立ち、
   世の中全体のしあわせにつながる営み。
   それが商いの尊さなのだと・・

少年の名は伊藤忠兵衛。伊藤忠商事の初代。
こんな言葉が伝わっている。
商売は菩薩の業、商売道の尊さは、
   売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、
   御仏の心にかなうもの


今の言葉で「 売り手よし、買い手よし、世間よし
つまり「三方よし」の起源となった商いの心。

160年以上、私たちが続けてきた商いの形。
初代の初心を胸に、3つの「よし」に向かう、
私たちの旅に終わりはない。
伊藤忠商事は、2020年4月1日、企業理念を
「三方よし」に改めた。

2020年07月08日

ことば遊び 「言葉の語源/”女”のいる漢字」

■”女”のいる漢字

女将(おかみ)     遊女(あそびめ)    海女(あま)      
乙女(おとめ)      女形(おやま)       女傑(じょけつ)
売女(ばいた)      貞女(ていじょ)     淑女(しゅくじょ)
不生女(うまずめ)     未通女(おぼこ)    早乙女(さおとめ)     




1830 【吉村外喜雄のなんだかんだ】 
ことば遊び 「言葉の語源/”女”のいる漢字」

日本語を学ぶうえで、女性に絡む言葉を漢字にすると大変
面白い。
そこで、今日のことば遊びは言葉の語源”女”のいる漢字か
ら・・組み合わせによって、様々に使い分けられるのです。

女3人寄れば「しい」、古い女と書いて「」と呼ぶよう
に、”笑点”の言葉遊びから生まれたような面白さがあり
ます。
」は”良い女”と書きますが、「産す女」が「むすめ」に
なったと言われている。

親にとって、娘は可愛くてしかたがない・・
そこで「愛」に「娘」で「愛娘(まなむすめ)」が生まれた。
しかし「愛息子(まなむすこ)」という漢字はない。

女の子は可愛くて愛らしい・・
そこで「女」に「子」をくっつけて「」になった。

「女」に「弱」をくっつけると「(たお)やか」・・
しなやかで優美な女性の姿になります。

(かかあ)」は鼻息の荒い妻。日本で生まれた国字です。
「女」に「波」は「(ばばあ)」、「眉」を付ければ「媚」になる。

「女」に「母」は「(うば)」、「家」をつければ「嫁」になる。
「女」に「喜」では「嬉しい」・・

昔の人のユーモア感覚がうかがえ、楽しくなってきます。

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