2019年03月19日

お蔭さまでの心で暮らしたい

1689 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生
「お蔭さまでの心で暮らしたい」

夏が来ると   冬がいいと思う
冬になると 冬がいいと思う

太ると 痩せたいと思う
痩せると 太りたいと思う
閑になると 忙しい方がいいという

自分に都合のいい人は 善い人だとほめ
自分に都合が悪くなると 悪人だと敗す

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる
金がたまれば 古びた女房が邪魔になる

衣食住足り 昔に比べれば天国だが
下を見ず上ばかり見て 不平不満の明け暮れ
隣を見て 愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがいい 一体自分は何なのか

親のお蔭 先生のお蔭
世間様のお蔭のかたまりが 自分ではないか

つまらぬ自我妄質執を捨てて 得手勝手を慎んだら
俺が俺がの「我」を捨てて
お蔭さまで お蔭様で暮らしたい

2019年03月17日

寿命はどこまで伸びるか

1688 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「寿命はどこまで伸びるか」

長寿国日本・・衛生環境や食生活の改善で、
平均寿命はどんどん延びていく。
「人生100年」も夢ではない今の時代、
いったい人間は何歳まで生きられるだろうか。

医療が急速に進歩する以前、明治から大正の頃の
日本人の平均寿命は約40歳だった。
それが現在、予想できる寿命の限界はおよそ115歳。

今、医学界はある種の遺伝子に注目している。
細胞が分裂するとき、遺伝子情報が書き込まれた
DNAは、同じ情報を持つ複製を作っていく。
ところがその過程で、わずかだが傷が付く。

医学界注目のこの遺伝子は、DNAに傷が付かないよう
調整する機能を持つ。この機能が働かないと、DNAが
もろくなり、寿命が半分になってしまう。
この遺伝子が活発にすれば、寿命が伸びることになる。

人間の細胞は、50~60回分裂すると細胞分裂が終了
する・・それが老化の一因になる。
ただ体の中には、新しい細胞を作り出す幹細胞がある。

現在の研究で、約300種類の細胞が、老化に何らか
関わっていることが分かっている。
通常細胞は、自ら死んで壊れるか、免疫細胞に食べられ
て消えていく。
ところが、寿命を伸ばす働きをする複数の細胞は、
なぜか体内に留まって、寿命を伸ばす役割を果たす
ことがわかってきた。

一方、老化を促進する細胞は、炎症を起こす様々な物質
を体内にまき散らす。その量が増えると、ガンや認知症
など、加齢に伴う病気の引き金になる。

食事や運動、生活習慣の違いが、遺伝子要因以上に老化
に大きく影響する。「不老不死」は古今東西の関心事です。

老いがどのように訪れ、何が寿命を決めるのか?
世界は、科学的手法を駆使してその答えに迫り、長寿の
鍵を見つけ出そうと、懸命に研究がなされているのです。

                                                                    日本経済新聞

2019年03月07日

本多通り・樹齢100年の大樹

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1687 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「本多通り・樹齢100年の大樹」

21世紀美術館から金沢歌劇場に向かう「本多通り」に
樹齢100年、高さ30メートルのモミの巨樹がある。

明治30年まで、JR金沢駅近く本町1丁目にあった
旧制金沢第一中学が、本多通りの加賀藩重臣・本多安房
守の中屋敷の跡地(現・21世紀美術館)に新築、移転
してきた。
当時、第一中学周辺は大木が多く茂り、一中の生徒は
「本多が森」と愛称していた。
このモミの大樹は一中の校門近く、教官室横の土塀際に
あったと伝えられる。

昭和12年金沢一中は、富樫町(現在の泉野出町)に
再度移転。戦後昭和24年に、金沢泉丘高等学校に校名
が変わった後も、その歴史と伝統は今日に引き継がれて
いる。 
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本多の森で40年間シンボルとなり、文武両道に励む
一中健児の姿を眺めてきたモミの樹。
生徒たちが去った後、本多道路が金沢再開発による
拡張の時にも伐採されず、一中のなごりを残すことに
なった。
樹齢100年を超す、高さ30メートルのこの大樹は、
本多通りの道幅を狭め、交通渋滞の原因になっている。

にもかかわらず生き残ったのは、歴史と伝統の金沢故の
計らいでしょう・・市民から伐採の声はなく、逆に保存
・保護の声が聞こえてくるのです。

2019年03月04日

21世紀美術館のプール

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1686 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「21世紀美術館のプール」

ガラス張りの円形建物として、金沢の観光名所になった
21世紀美術館の人気作品は、現代美術家レアンドロの
「スイミング・プール」です。 
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このプールの底には透明ガラスが貼られている。
水が入れられたプールの底の地下部は空洞で、
人が入れるようになっている。 
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地上からプールをのぞき込むと、地階から仰ぎ上げる
人の姿が見え、地階にいる人からも地上の人が見える
・・そんな作品です。

現在、地階部に入るには有料になっている。
この4月からは、地上部での観覧も有料になる。
特別展かコレクション展のチケットを購入した人のみ
観覧できるという。

2015年北陸新幹線開通後、来館者は年間200万人
を超え、混雑するようになった。
プールのヘリに立って「自撮り」する人が後を絶たず、
転落防止のため、職員を配置しなければならない。

「遠くから観覧に来た人が、作品をじっくり見てもらう」
のが、有料にする目的だという。

2019年02月28日

悪魔のおにぎり

1685 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「悪魔のおにぎり」

国内米消費量の5%を占めるといわれるコンビニの
おにぎり。この世界に悪魔が降臨した・・

「南極越冬隊のまかない飯に”悪魔のおにぎり”という
  のがあるんだって」
昨年6月、ローソンの商品本部の堤洋平は、
上司から不意にこんな話題を振られた。

『悪魔のようなおいしさって、大げさじゃないの?』
”おにぎり仕事師”を自負する堤から見ると、悪魔の
おにぎりは天かすと天つゆ、青のりだけのシンプルな
レシピ。
試しに作って食べてみたら、「これはうまい!これは
悪魔だ」・・商品化を提案したが反応はいまひとつ。

通常は、店舗当たり1日10コ売れると大ヒット商品に
なる。堤は2ケ月間、1日15コ売ろうとプラン作りに
没頭した。 発売日は10月18日。

発売1週間で120万個売れ、 問い合わせが殺到した。
おにぎりトップのツナマヨを抜き去ったが、1日15コ
どころか、25コ、30コと爆発的に伸びていった。

悪魔の落とし穴はここにあった。「青のりが足りない」
水産物の仕入れ担当部所から、市場は青のり不足に陥り
、仕入れ価格が高騰。「これ以上は無理ですよ」
これまでか・・『一旦休止だな』

ところが、上司から冷酷な答えが返ってきた・・
「ダメだ!お客様は期待している・・絶対つなげろ」
「悪魔」は1日48コと、過去に例のない売れ行きを
見せた。
全国のローソンおにぎり工場からも悲鳴が上がった。
他の部所の担当者も、青のりの調達に奔走した。

一番不足したのは北海道・・青のり問屋は10キロの
青のりを、レンタカーで道内の工場を廻った。
普段わき役の青のりが市場から消え、相場は1.5倍に
・・天かすも天つゆも払底した。

品切れになったが、販売販売中止なしで年を越した。
今年から、おにぎりの定番に加わることになった。
飽和も指摘されるコンビニだが、「悪魔」は新たな見知
をローソンにもたらした。

                                                                        読売新聞

2019年02月25日

統計をめぐるエピソード

・統計をめぐる名言

「統計であらゆることが証明できる。
                            ただし、真実を除いて」


    
1684 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
「統計をめぐるエピソード」 」

厚生労働省は、統計に関する不手際で、またも世間を
騒がせている。
毎月勤労統計を巡る長年のずさんな調査にはあきれる
ばかり。本来の手法によらず、東京都だけ抽出調査を
行い、事実を伏せていた。

1936年の米大統領選挙・・世界恐慌のさなかに就任
した民主党のルーズベルト大統領が再選を目指し、
共和党のランドン候補と戦った。

某有力紙は200万人の調査で、ラドン氏勝利を予測し
た。
これに対し、わずか3千人の調査でルーズベルトの勝利
を的中させたのが、後に抽出調査で確度の高い結果を出
し、有名調査会社となるギャラップ社です。

終戦直後、吉田茂は「食糧不足の日本は、このままでは
餓死者が大勢出る」とGHQのマッカーサーに訴え、
米国から大量の食糧を送らせた。

GHQ「そんな状況にはなならない、日本の統計は
         でたらめだ」と詰め寄られるや・・
吉田「日本の統計が正しかったら、米国と戦争などして
いない」
ユーモアを武器に、和製チャーチルと評された元
元首の面目躍如たるエピソードです。

■佐藤一斎「言志四録

■佐藤一斎「言志四録」より

『  一燈をささげて暗夜を行く    
    暗夜を憂うることなかれ    只一燈を頼め 』

『 怠惰の冬日はなんぞ    その長きや
    勉強の夏日はなんぞ    その短きや   
    長短は我にありて        日にあらず  』

(一生が長いか短いかは、己の心がけ次第)



1683 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生「儒学者・佐藤一斎」

佐藤一斎(1772~1859)は江戸末期、岐阜県
美濃国岩村の藩主・松平家の儒学者です。

江戸で大学頭の職にあった”林家”の私塾「昌平坂学問
所」を、佐藤一斎が任されることになった。
一斎はその学問所で、三千人もの多士済々の門弟を育て
た。
学問所からは、山田方谷や佐久間象山、渡辺崋山など、
江戸末期の日本に欠かせない人財を多数排出した。

一斎は、42歳から11年の歳月をかけ「言志録
264条」を書き記した。次いで、57歳から10年の
歳月をかけて「言志後録・255条」を著した。

更に、67歳から78歳の11年間に「言志晩録
292条」を、そして最晩年の80歳から2年の間に
言志耋(てつ)・340条」を書き上げている。

一斎の学問の修養・工夫からにじみ出た、4巻の随想録
言志四録」・・人間としてどうあるべきか?
どう生きるべきかを指南した”人生の書”として、
時代を越えて多くの人に読み継がれてきた。

当時から見て、平均寿命が数倍伸びた今日でも、
60歳を過ぎれば第一線から退くのが一般的なのに、
88歳で没するまで、知力も気力も衰えることなく、
学問所を主宰した。

「西郷どん」の西郷隆盛は、一斎の「言志四録」を
  座右の銘にしている。

2019年02月19日

佐藤一斎/人生いかに学ぶか

1682 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生「佐藤一斎/人生いかに学ぶか」

  少にして学べば     壮にして為すあり

  壮にして学べば     老いて衰えず

  老いて学べば        死して朽ちず

この言葉は幕末期、江戸の学問所で多くの門弟を育てた
”佐藤一斎”の語録「元志四録」の中にある。
その言葉の意味は・・
若い頃によく学んだ者は、壮年になり社会が放っては
おかず、相応しい仕事が自然に与えられるものである。

壮年の頃によく学んだ人は、老いてなお心が賦活される
ことが多く、精神的にも肉体的に衰えることがない。
老年期によく学んだ人は、その生き方や考え方が多くの
人に慕われ、人生を終えた後も長く人々の心の中に生き
続ける。
ならば「何を勉強すればよいのか?」との問いに、
昭和日本の人間学の権威・安岡正篤先生は、
以下の三つと語っている。

1.自分が得意とする専門分野をよく学びなさい

2.今の時代と社会のことを広く学びなさい

3.人との交わりを深く学びなさい

この3つをバランスよく学んでいく中にこそ、
人間としての成長が得られるのです。  

                            小野信也「志の道/第八碑・佐藤一斎」より

2019年02月12日

大阪なおみ、頂点の壁を破る

1681 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「大阪なおみ、頂点の壁を破る」

大阪なおみ選手は、四大タイトルのうち二つを立て続け
に優勝。自らの壁を破って世界の頂点に立った。

ところで日本の選手は、過去”いざ”という時勝てない
ことが多かった。技は飛びぬけているが、勝てない練習
をやっていた。
なぜ、世界の頂点に立つ日本人が少ないのか?
世界の頂点に立つためには、それまで正しいと考え
られてきた練習法を、改める必要があります。

「頂点に立てない練習」とは・・
①  効率よく沢山練習する   ②  満点にこだわる
③  メンタルを鍛える

これらは損得の思考であり、これまで誰もが正しいと
考えていたものです。しかし、脳の才能を発揮するには
良くないのです。

①の効率を求めすぎると、独創性がなくなり、
相手の予期せぬ技に対抗できなくなる。また、自分も
相手の意表を突くプレーができなくなる。

②の満点にこだわると、引き算で物事を考えるように
なり、無意識に守りに入ってしまう。

何れも、
日本人に共通する弱点です。
スポーツではよく「平常心」が問われますが、本当に
大切なのは「桁違いの考え」をすることなのです。

形に捕らわれない「桁違いの練習」をし、試合では
「自分はそこら一般の選手とは違う」と考え、臨むこと
が、頂点の壁を破るのです。

「相手の選手とは互角」と試合に臨めば、試合は抜きつ
抜かれつの展開になるでしょう。また「勝てる」と思え
ば、無意識に気持ちが緩み、逆転を食らってしまう。

平常心を心がけるより、「相手を飲み込んでしまうほど
の強い意思で、最後まで持続する」ことが大切なのです。

                       日大名誉教授・林成之「脳活マスター」より

2019年02月10日

ことば遊び 「落語・風呂敷」

■回  文
左から読んでも右から読んでも同じ回文
財政の無駄遣いと言えば、バブルの頃
全国のダム建設がやり玉にあがった。

「うかつにダムを引く 国費を無駄に使う」
「何や出来ぬ? 死ぬ気でやんな」
「私等は 怨念を晴らしたわ」
「責任を取る取ると恩に着せ」
「税 要らないなら いいぜ」



1680 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
ことば遊び 「落語・風呂敷」

江戸時代の落語の創世記からある、艶笑古典落語です。
戦前では、間男不義密通の不倫噺と、官憲の検閲を受け
た。
♪亭主熊五郎の留守に、かみさんが間男を引きずり込み
指つ指されつ、しっぽり濡れている。
男の方はおっかなびっくりだが、かみさん・・
長屋のカカアみんなやっていると、一向に気にしない。

稼ぎもしないで遊び歩く亭主に愛想が尽きたかみさん、
亭主を乗り換えて、おまえさんと添い遂げたいと、
気を引く。
馬肉や油揚げをたらふく食って、酒を飲み、
亭主は横須賀に行って帰りは明日と・・今夜はゆっくり。

と、路地のどぶ板を踏む足音・・
戸をトントン叩いて「おい、今けえった」
かみさん・・慌てて間男を戸棚に押し込んだ。
どうせ酔っぱらっているから・・スキを見て逃す算段。

亭主の熊五郎・・家に入るなり「たいそう御膳が出て
いるな」と戸棚の前に寝そべると、高いびき。
これでは戸が開けられないと、かみさんが困っていると
、そこに現れたのが鳶頭。

かみさん・・拝み倒して成ゆきを白状し、
「お願い、助けてくださいな」と頼むので、
鳶頭、見捨てる訳にもいかないと、
かみさんを外に出すと、熊をゆさぶり起こす。

寝ぼけ眼の熊に、かみさんは買い物に行ったとごまかし
『今日友達の家に行ったらな、おかしな話があったんだ。
  そこの亭主というのが、稼ぎもろくろく出来ねえから、
  かみさんが間男をくわえ込んだのよ・・』

「へえ、とんでもねえアマだ」
『どうせ宿六は帰るめえと思って、情夫を引きずり込ん
で一杯やっている所へ、亭主が帰って来たと思え。
で、そのカカアあわ食って戸棚に男を隠しちまった』
「へえ~」
『すると亭主酔っぱらってその戸棚の前に寝ちまった』
「そりゃ・・困ったろう」
『そこで俺が、かみさんに頼まれて、そいつを逃がして
やった』
熊がどんなふうに逃がしたか、聞かしてくれと頼むので
鳶頭『おめえみたいに寝転んでいたやつを、首に手を
         こうかけて起こして』 
「ふん ふん」
『キョロキョロしちゃあいけねえから、脇の風呂敷ィ
取って亭主の顔へこう巻きつけて・・
どうだ、見えねえだろう。そこで俺も安心して、
戸をこういう塩梅にガラリと開けた・・と思いねえ』

間男を出してやり、拝んでねえで逃げろ・・
と目くばせしておいて
『そいつが影も形もなくなった途端に、戸を閉めて、
それから亭主にかぶせた風呂敷を、こうやって・・』
とパッと取ると、熊が膝をポンと叩いて

「なあるほど、こいつはいい工夫だ・・
  どんな亭主か、面が見たい」

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