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思いやりは”流汗悟道”から

■森信三・修身教授録から  「しつけ三原則」

一.朝、必ず親に挨拶をする子にすること
二.親に呼ばれたら必ず、「はい!」とハッキリ返事のできる子にすること
三.履物を脱いだら、必ずそろえ、
   席を立ったら、必ず椅子を片付ける子にすること

石川TVPM8時、細木数子が学校の教室で、子供をしつける番組をやっていた。
その体育の授業で、"脱いだ服をたたんだ子"は、半分もいなかった。
今の子ども達、こんな当たり前のことが、家庭でしつけられていない。
「親をしつけるのが目的でした」と、番組の最後に細木数子は本音を語った。

「しつけの始まりは、まず母親自らが、ご主人への朝の挨拶をハキハキし、ご主人に呼ばれたときも、必ず『はい!』と、はっきり返事をすることです」と、森信三の修身教授録にある。
細木数子も又、お母さん方がご主人と向き合うときの姿勢を、諭している。
子は、親の後ろ姿を見て育つのです。

【心と体の健康情報 - 229】
~子育て心理学~
「思いやりの心は、"流汗悟道"から…」

「勉強だ、塾だ」と、子どもにうるさく言う母親は多い。
が、家事を手伝わせ、お使いを"義務づける"親は、どれだけいるのだろうか? 
逆に、何でも欲しがるものを買い与える親の方が多いのでは? 
子どもの将来のためにはならないと思う。
以下、元松下政経塾副塾長、上甲 晃氏の講演から…

「流汗悟道」の伝統を守る"北海道児童支援施設"(旧、北海道家庭学校)。
この学校の授業は午前中のみ。午後は作業服に着替えて、自分達の生活に必要なもので、自分達で作れるものは、すべて自分達の手作業で作るという教育方針。

必要なものは買ってくるのが普通…。便利だけれど、それでは大切なことに気づかない。この施設では、味噌もバターも、野菜も、机も椅子も作業服も、あらゆるものを可能な限り、自分達で作る。

学校を訪れ、教室に入るとき、こうした施設だから、机も椅子もぼろぼろだろうと思った。ところが、実にみごとにきれいに使われている…。
「どうしてですか?」と尋ねたら、『自分達で作るからですよ…』との答え。
自分で作れば、机を作る人の苦労が分かるのです。
苦労がわかると、大切にしようという心が、生まれてくるのです。

子供の心を育てようと思うなら、まず"やらせてみる"ことです。
実際に自分で体験させることです。
娘が、お母さん「食事を作るって、本当に大変ね!」って、食事を作ってみて初めてわかることです。経験して、初めてお母さんの苦労が分かるのです。
これが「流汗悟道」の教育です。可能な限り自分で体験する。
体験すれば、人の苦労が分かる。
人の苦労が分かれば、他人に対する思いやりの心が生まれてくる。

「流汗悟道」が家庭学校の教育の基本になったのは、三代目の校長の時。
支給した制服。生徒にどんなにやかましく言っても粗末にし、汚してしまう。
困り果てた末、生地を買ってきて、近所の洋服屋さんを先生に、子ども達に自分の制服を作らせた。ピタッと汚さなくなった。
自分で制服を作って、作るのが大変なことがわかると、制服を大事にしようという心が生まれてくる。これは、鍵山秀三郎の「お掃除」でも言えることです。

牛の出産にも、子ども達を立ち会わせた。牛のお産は難産なことが多い。
母牛のお腹から半分、子牛の体が出かかったところで、お産が止まってしまった。子供たちが力を合わせて、子牛を引っ張った。最初は恐くて、そろりそろりと引っ張っていたら、先生に「そんなことでは駄目だ!」と、怒鳴られた。

皆で思いっきり引っ張ったら、子牛がドサッど生まれ落ちた。
あまりにも難産だったので、生まれた子牛は息をしていなかった。
「みんな、交代で鼻を吸え!」と、先生の怒鳴り声。交代で懸命に鼻を吸った。
そのお陰で子牛の命が助かった。

その瞬間、一人の子供が「ワ~」と泣き出した。ものすごい声で泣いた。
母親が子供を産むということが、こんなにも辛くて、こんなにも命がけで、こんなにも大変なことを…。少年は初めて知ったのです。

僕の母ちゃん、こんな辛い思いをして、僕を生んでくれたのだ。それなのに僕はずう~ッと母ちゃんを悲しませてきた。親不幸をしてきたんだ…。
「母ちゃんゴメン、母ちゃんゴメン」と、涙が止まらなかったと、日記に書いている。
経験して初めて他人の苦労がわかり、他人への思いやりの心が生まれてくる。
「流汗悟道」である。野菜を作るのも、"大変"がわかってこそ、米一粒でも残したりしてはいけないという心が育つのです。
人が作ったものを買ってきて、間に合わせようとするから、作った人の心が分からず、買ってきたものを粗末にしてしまうのです。

■「流汗悟道」
"汗を流して働けば、人の苦労や親の苦労が分かる"という意味です。
これは、大正時代に「北海道家庭学校」を設立した"留岡幸助"の言葉です。
現在は不良行為、又は生活指導を必要とする子供たちの施設として運営されている。
留岡氏の理念「人が人に与える影響以上に、自然が人に与える影響は大きい」 との考えで、広大な敷地には、農作業用の畑と、いくつかの寮、古い礼拝堂がある。

礼拝堂の正面の講壇の頭上には、「難有」 と書かれてある。
"難が有る"、反対から読むと「ありがとう」になる。
困難なことに出会うのは、人間として"有り難い"ことなのです。

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