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学校に行きたくない-2

■地獄の食事風景、極楽の食事風景 仏教「三尺箸のたとえ」

大きな円卓を囲んで食事をしている。食卓には山のようにご馳走が盛られている。
皆、三尺(約90センチ)もある長い箸を持たされ、その長い箸で食事をしなければならない。
前世で、人の飲食をかすめ取った者や、人の持っているものを騙し取った者、
人に施すことを嫌い、自分のためにしかやらなかった者が、地獄に落とされてきた。
その地獄の食卓風景。ご馳走を前に、先を争って長い箸を使って食べようとしている。
しかし箸が長すぎて、どうあがいても口元に持ってくることが出来ない。
やがて隣同士争そい始め、いがみ合い、みんなご馳走を目の前にしながら、
空腹で目を血ばしらかせ、餓鬼になっている。

一方、極楽の住人たちは、三尺の箸先に摘んだ料理を、自分より先に、向かい合う相手の口元に運んでいる。
皆、互いに差し出すご馳走を食べて、お腹いっぱいになっている。


【心と体の健康情報 - 290】
~子育て心理学~「学校に行きたくない-2」

「不登校」が身近な社会問題になっている。
ちょっとした障害でも、勇気をもって乗り越えることの出来ない、元気のない子供が増えているという。 いろいろ原因があるようですが、 親の子供への接し方に、その原因が潜んでいるようです。
以下、石川 洋先生「美しい川の流れ」からの抜粋です。ある家庭の会話です。

息子 「お母さん、今日の算数の試験、83点だったよ」
お母さん 『本当ォ、偉いわねェ~、やればできるるじゃない!ねえ、同じクラスの○○ちゃんは何点だったの?』
息子 「○○ちゃんは90点だったよ!」
お母さん 『83点ねえ…、○○ちゃんは90点、おまえそれで勉強大丈夫なの?』

どうして、人と人を比較して育てようとするのでしょうか。
兄弟姉妹を「できる子と出来ない子」に、区別していないでしょうか。
『お姉ちゃんを見習いなさい』『お兄ちゃんより頭が悪いんだから…』と言われ続け、 屈辱的な日々を送っている子供たちがいることを…。
そんな子供たちに、安らぐ場所があるのでしょうか。親の何気ない区別や差別に、問題が潜んでいるのです。

日本だけでなく、韓国や中国でも、一番大切なものは「お金」
「お金が沢山ある人が幸福」という考え方が共通した価値観でしょう。
お金が沢山もらえる人間になりたかったら、勉強しろと言う。
一生懸命勉強したらいい高校に入れる。いい高校に入れたら、いい大学に入れる。いい大学に入ったら一流会社に就職できる。 そうしたら給料がいっぱい貰え、幸福な人生が待っている…。

これが日本のお母さんの常識のようです。本当に一流企業に就職したら、親が望むような、幸福な人生が待っているのでしょうか?
子供は、本当の幸せを手にすることができるのでしょうか?
人を押しのけてでも手に入れなければならない価値観なのでしょうか?
誰もが目指さなければならない目標なのでしょうか?

今、日本には13万9千人もの不登校の子どもがいます。
「不登校、二十歳過ぎれば引きこもり」と言うように、成人しても部屋に引きこもったまま出てこない、 そういった子ども達が毎年増え続けているのです。

一点でも高い点数を取ることが良いこととされ、「低いよりも高い方がいい」「小さいより大きい方がいい」 「弱いより強い方がいい」「遅いより早い方がいい」といった価値観・考え方が常識になっている日本。
一番でも上がいいと言う。ちょっとでもクラスの上位を目指すため、我が子を塾へと駆り立てるのです。

そんな自己中心的教育をしていて、幸せになれるのでしょうか?
人を押しのけ、自分さえよければいいというのでしょうか?
大きな家にピカピカの車、「物やお金が人間を幸せにする」といった考え方。
戦後アメリカからもたらされた幸福観が、不登校や引きこもりを生み出している。
そんな、病んだ社会のひずみの中から生まれた、犠牲者ではないでしょうか。

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