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次々と子どもにモノを買い与える親

   [自 戒]           石川 洋

つらいことが多いのは   感謝を知らないからだ
苦しいことが多いのは   自分に甘えがあるからだ
悲しいことが多いのは   自分のことしか分からないからだ
心配することが多いのは 今を懸命に生きていないからだ
行きづまりが多いのは   自分が裸になれないからだ



【心と体の健康情報 - 309】
~子育て心理学~
「次々と子供にモノを買い与える親」

以下、関大徹 著「食えなんだら食うな」から

敗戦直後の新聞に載った読者の詩を、私は忘れない。

エンピツがなくたっていい 紙がなくたっていい
ケシゴムがなくたっていい
みどりの草原にねころんで 青い空に指の白墨で字を書こう
そうすれば 雲の黒板ふきが 消していってくれる

なんという豊かさであろうか。なんという心の広がりであろうか。
現代社会の「もの」の氾濫は、こんな心の広がりを、むざんに奪ってしまったと同時に「もの」 に対する感謝の心もなくなってしまった。

私には内孫・外孫4人の孫がいる。
毎週入れ替わり尋ねて来て、「ジィちゃん、ジィちゃん」とまつわり付く。
我が子の時は、これほどには思わなかったのに、孫は可愛い。
旅に出た折り、孫にお土産を買って帰ることが多い。
今は昔と違って、一人っ子家庭が多く、両親・両家の爺・婆、合わせて6人の愛を、孫が独り占めにする。
結果、おもちゃが部屋に溢れ、ちょっと遊んで面白くなくなると、見向きもしなくなる。
そんな子どもが大人になっていく。

昔の人はモノを大切にした。
お婆ちゃんは「もったいない」 が口ぐせだった。
おかずを残したり、ご飯をこぼしたりすると、孫に「目がつぶれる」と叱った。
今の親たちは、この「もったいない」を、子供にしつけようとしない。
食い散らかし、食べ物を粗末にしても何も言わない。
食べたくなければ「残せばいい」と言う。

豊かさは、親たちの「心の眼」をつぶしてしまった。
心の眼を失った親たちの子どもは、我がままし放題。
親は、子どもの欲しがるものを次々と買い与え、それが"豊かで幸せな生き方"と錯覚している。

働きに出れば、マイホーム、自家用車、大型テレビなど、より多くのより贅沢なモノを手にすることができる。
しかし、子どもは家に置き去り。
親子の大切な心の触れあいを犠牲にして、何が豊かな暮らしだろう…。

親にカセットやカメラが欲しいとせがんだのに、買ってくれなかったことを悲観して、自殺した高校生がいた。
この子の親は、次々とモノを買い与え、子供の喜ぶ姿を見て、それが我が子への愛情…と勘違いしていないだろうか?

あるいは、子どもを家に置き去りにして働きに出ている償いから、子供の欲しがるものを次々と買い与えたりしていなかっただろうか… 。
いつしか子どもは、モノに囲まれる生活が当たり前になり、欲求が満たされないなら、死んだ方がマシと考えるようになった。

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