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学問は何のためにするのか

吉田松陰「松下村塾」

 

幕末という時代の節目に、小さな私塾「松下

村塾」から、高杉晋作、久坂玄端、伊藤博文
山縣有盶など、幕末の日本を支える数多くの

偉人が排出された。


その他にも大勢、時代を駆け抜けた偉人たち

が、吉田松陰を生涯に渡って”師”と仰ぎ、

自分たちの学びの原点を「松下村塾」にあると

した。

大政奉還から江戸城の新政府への明け渡し

・・その後戊辰戦争などがあったにしろ、

世界で唯一歴史に残る無血革命を為し得たの

です。



1239 【吉村外喜雄のなんだかんだ 】

「学問は何のためにするのか」


NHK大河ドラマ「花燃ゆ・第一回」を観て・・


松陰、5歳で吉田家の養子になり、長州藩兵学師範の叔父から、

後継師範になるための教育を厳しく受けた。

・叔父

「 意味も分からず、言葉だけ覚えて・・出来たつもりか!
   己をつくろい、その場を乗り切れば満足か!
   それは死んだ学問じゃ!  己の頭で考えることを・・学べ 」


松陰は、その後しばらくして「 何のために学ぶのか?」を悟った。


「 本は文字ではない。本は”人”だ・・開けば触れることが出来る。
   他の人の考えを、江戸にいる人にも、外国にいる人にも、

   遠の昔にのうなった人にも、出合うことが出来る 」


「 同じく悩んで、同じく答えを見つけようとしても、誰かがいて教えてくれ 
   る。
その人の目で見た世の中、人生のあらゆることを教えてくれる。

   生きるに迷う人は、自分1人ではないことを・・

   お蔭で天命を受け入れることができた・・人との出会いが私を変えた」


「学は人たる所以を学ぶなり」

「 学問は何のためにするのか 」の問いに・・

松陰は「 学問とは、人間とは何かを学ぶものだ 」と答えている。


・長州藩の学問所・明倫館で、塾生を前に松陰・・

「 学ぶのは知識を得るためでもなく、職を得るためでも、
  出世のためでもない!

   人にモノを教えるためでも、人から尊敬されるためでもない・・
   己のためだ!  己を磨くために人は学ぶのです 」


・松陰の親友・小田村伊之助が、松陰の言葉に続いて・・

「 お役に付くためでも、与えられた役割を果たすためでもない・・
   かりそめの安泰に満足し、身の程をわきまえ、無知で世間知らずで、
   何の役に立たぬまま生きていくなど・・御免です 」
「 何故学ぶのか?
   この世の中のために、己が為すべきことは何かを知るために・・
   学ぶのです。
   私はこの長州を、日本国を守るために学びたい。
   己を磨き、この国の役に立つ人間になりたい。
   そのために学びたい・・まだまだ学びたい 」


・長州藩主/毛利敬親

「 この明倫館、これからの時代にふさわしい学び屋にしたいと考えて

   おる。その学びに広く知識を求め、優秀な人材を育てたいと考えて

   おる。 だが、急いではならぬ・・
  人は古いもの、慣れ親しんだものは、容易に捨てられぬ。
  変わることを恐れるのも、また人の心じゃ・・
  人こそ! この長州の宝じゃ。
  焦らぬとも、まことに変わらねばならぬときには、変われるであろう 」

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