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1つの煩悩に全てを懸ける

■「ゲーテの格言」

<一番幸福な人間>
  王様であろうと百姓であろうと
  家庭の中で平和を見い出す者が
  一番幸福な人間である

<苦しみを味わえ>
  苦しみの後に残していったものを
  味わえ
  苦難も  過ぎ去ってしまえば甘い



1548 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
心と体の健康
「1つの煩悩に全てを懸ける」

禅の教えによると、人間の心には8万4千もの煩悩が
あるという。なぜ8万4千かというと、人間の毛穴が
8万4千あると信じられていたからです。

その一つひとつの毛穴から、人間の体内にある”煩悩”
がじわじわとにじみ出てくるのだという。
そのくらい、人間には沢山の煩悩があるのです。

禅の世界では、厳しい修業を積んでいくうちに、
悟が開かれるという。悟りを得ようと思うなら、煩悩を
克服しなければならない。
ところで「煩悩を克服する」とはどういうことなのでし
ょうか? ”悟る”とはどういうことなのでしょうか?

それは、人間が持つ煩悩のすべてを、無にしてしまう
ことでしょうか?・・そうではない。
人間の煩悩は、修行を積んだからといって無くなるもの
ではない・・ならばどうするのか。

たった一つの煩悩にすべてを懸ける」時が来たら、
人間は悟りを開くことができるのです。

人間には、8万4千もの色々な迷いがあり、様々なこと
に迷っているから、自分の持てる力を思いきり生かして
人生を充実させることができないのです。

そこで、たった一つのことに人生のすべてを懸けて生き
抜くならば、初めて迷いから解き放たれ、吹っ切ること
ができるのです。

例えば、何度試みても納得できる焼き物が焼けなくて、
5年・10年・20年と失敗を繰り返しながら、 なお
本物を求め、一つのことに懸命に集中して努力している
焼き物師。
年月とともにいつしか匠の技を身につけ、悟りを開いた
職人の姿を想像すればいい。

人間は一つのことに、心と体のすべてを打ち込んで、
統合された姿になったとき、最も大きな能力を発揮し、
充実した姿になるのです。
どこまで没頭し”なりきれる”か・・ということでしょう。  

                                  
小野晋也著「日本人の使命」より

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