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延命治療を考える(4)

1813 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生 「延命治療を考える(4)」

妻の父親、85歳のとき自宅で倒れた。
驚いた家族は119番して、救急車で県立病院の救命救急
センターに運び込ま
れた。一命はとりとめたが意識が戻らな
い。
人工呼吸器をあてがい、鼻からチューブで栄養を入れた。

1週間後『喉を切開して人工呼吸器を装着します。
呼吸器
は二度と外せなくなるが、これは延命治療ではあり
ません』と説明され、家族は同意書にサインした。

事前に本人の意思が確認されないまま、救急車で救急
救命センターに運び込まれた。直ぐに延命治療が施され、
人工的に生命を維持する
措置がなされた。
救急搬送された患者に対する一般的な流れです。

本人の思いは「最後は家族に囲まれて、穏やかに死にたい」
それまで自由きままに生きてきただけに、延命につながる治療
は絶対望まないだろう。

家族は医師から『回復の見込みはない』と言われた・・
そうなら、苦しい時間を過ごさせずに看取ってやりたい。
そんな思いに逆らうように、
一度装着した呼吸器は取り外せない・・

故意に外せば殺人になる。
米国では、本人が望むとは思えない延命治療は、
「患者の尊厳を損ねる」の考えから、続けるケースは少ない。

万が一に備えて、家族が担当医にきちんと説明できるもの
があれば、不本意な最期になることが避けられた・・
との思いから、私たち夫婦は「尊厳死協会の会員」になった。

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