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松下村塾/松陰が教えたこと

■両親に宛てた「辞世の句」

「親思う 心にまさる 親ごころ
              きょうの音づれ 何ときくらん」
処刑を覚悟した松陰が、
安政6年10月20日、故郷の両親に宛てた
別れの書簡の中で詠まれたものです。



1609 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
歴史から学ぶ 「松下村塾/松陰が教えたこと」

最初は八畳一室のみ。後に十畳半を増築しただけの
小さな塾舎。この粗末な塾舎で松陰は学問を講じ、弟子
たちに「いかに生きるべきか」を説いた。

松陰は塾に起居し、塾生の問いに応え、テーマを決めて
講義し時事問題を論じた。
『書を読む時はなるべく筆記して、抄録を作りなさい』
と効率的学習方法を教え、折角覚えても直ぐ忘れてしま
うと嘆く弟子には・・

『それは良いことだ。何度も繰り返して読むうちに、
意味が分かってくるものだよ。頭の良い者は、一度で
覚えて復習しないから、結局記憶力の弱い者に負けて
しまうことになる』と優しく諭した。

松陰は、安政5年12月再び獄に収監され、翌年江戸で
刑死した。松下村塾で塾生を指導したのは2年余り。
その間に教えを受けた塾生は八十余名。

上士の高杉晋作、医家の久坂玄瑞、中間の入江九一、
吉田利麿、伊藤博文、品川弥次郎、山県有朋などが一堂
に学んだ。
松下村塾から数多くの志士が輩出され、生き残った者
たちは、明治維新の要職につき、新しい国づくりに貢献
した。
藩校明倫館と違い、藩士、陪臣、雑卒など、身分を問わ
ず机を並べての交わりは、大いに得るものがあっただろ
うし、新政府で要人になった際の人脈作りに、有利に
働いたことだろう。

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