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天下を取った秀吉の器

「人は 強くなければ 生きられない。
  やさしくなければ    生きている価値がない」

これは、米国の小説家レイモンド・チャンドラーが
小説の中で、主役に言わせた言葉です。

「人は がなければ 生きられない。
  徳がなければ    生きている価値がない」
と言い換えることもできる。

 


1668 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
故事から学ぶ
「天下を取った秀吉の器」

秀吉が天下を取ってしばらくのこと。
京都東山に松茸が沢山出ると聞き・・
「松茸狩りをして遊ぼうではないか」と言いだした。
家来たちが下見に行くと、既に京の人々がほとんど
採った後だった。

落胆する秀吉の顔が浮かぶ・・そこで彼らは、あちこち
から松茸を取り寄せて、こっそり山に植えることにした。
夜を徹して作業を続け、何とか間に合わせることができ
た。
秀吉は、お祭り騒ぎでやってきた。
見ると、そこら中松茸だらけ。「これは見事」と上機嫌。
子どものようにはしゃぎながら、松茸を採っていた。

すると、傍女が秀吉の袖を引いて、
「これは自然に生えたものではありません。
誰かが植えたものでございます。
殿下には、それがお分かりになりませんか?」
と小賢しく言上した。

秀吉、手を振ってさえぎり、
『こら、言うな言うな、わしたちを喜ばせようとして
  皆がやったことじゃ。これだけ植えるには、相当の
  苦労があったはずじゃ。その苦労をありがたく受けて
  やらねばならぬ 』とニッコリ笑ったという。

これがもし信長だったら、「俺を欺くつもりか!」と
激怒し、家来を罰したことだろう・・
秀吉には、相手を受け入れる心の広さがあった。

ここに、光秀の謀反によって暗殺された信長と、
足軽から関白、太閤へと出世した秀吉の違いがある
ようです。

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